2015年04月28日

安い自転車に感謝を込めて・・(組立編3)

 今回は、主にチェーンの調整についての話です。

 多段変速機装着用のストレート・ドロップアウトというエンド形状をしたフレーム(通称:ストドロエンド)をシングルスピードにする際に、気を付けるべきことはどのようなことでしょうか?



1. 簡単チェーンステイ・プロテクター
 チェーンを張る前に、チェーンステイを傷から保護するためのプロテクターを作ってみます。「プロテクター」って、そんな大げさなものではありません。

 誰でも簡単にできて、交換も容易な方法は、絶縁用自己融着テープを使った方法です。
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(電気工事なんかで使う自己融着テープ。厚みがあって、衝撃吸収性が良い。)

 自己融着テープは、圧力をかけると張り付くタイプのテープです。何度も貼り直しが効くうえに、厚みがあるので、このような用途に適するものです。

 やり方は、ただチェーンステイにグルグル巻きつけていくだけです。末端部は、通常のビニールテープを巻いて融着テープが剥がれるのを防ぎます。
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(巻き付けるだけ。)
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(端は、普通のビニールテープで処理。)

 注意点としては、貼るときにあまり引っ張りすぎないことです。引っ張ってしまうと、最初は見た目が良く仕上がるのですが、2〜3日経つと、テープの隙間から融着剤が押し出されてきてしまいます。
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(ちょっと、ワイルドな感じでしょ?)

 自己融着テープは、バーテープを張る際などにも活用できる便利なものです。



2. チェーン張り
(1)チェーンテンショナー
 自転車のドライブトレイン(駆動系)において、チェーンが適正に調整されて(適度な遊びがあり、チェーンラインが真直ぐ整って)いることは重要です。張りすぎのチェーンは、ドライブトレイン各部の摩耗を早めます。逆に、遊びの多いチェーンは、走行中に外れて(「チェーン落ち」という。)、大変危険です。また、チェーンラインが整っていなければ、ドライブトレインの編摩耗やチェーン落ちの危険が増し、力の伝達効率も低下してしまいます。

 シングルスピード専用車は、トラックエンド(ピストエンドとも)と呼ばれるフレームエンドの形状をしています。このフレームエンドならば、ホイールを後ろ向きに引っ張る(「チェーンを引く」といいます。)ことによってチェーンの張りを調整することができます。
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(トラックエンド。ピストエンドとか、正爪エンドとも。)
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(ロードエンド。逆爪とも。これなら、テンショナー無しでシングル化も可能。)

 これに対して、多段変速の自転車で主流のフレームは、ストレートドロップアウト(以下、「ストドロ」)というエンド形状をしています。このフレームでは、後ホイールの位置が固定されてしまうので、チェーンを引くことによってチェーンの張りを調整することが出来ません。
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(ストドロ。ヴァーチカル・ドロップアウト、垂直爪とも。ホイール位置が固定される。)

 通常、ストドロエンドのフレームには、変速のための後ディレイラーがついていますが、これがチェーンの張りを適正に保つ役割(テンショナーという。)を兼ねているのです。

 そこで、ストドロエンドのフレームでシングルスピードバイクを作る際にも、テンショナーをつけて、チェーンの張りを適正に保つ必要があるのです。cw-trinity_chain-sanesup34-grunge-ten.jpg
(バネなしのテンショナー。)

 今回使用するのは、プーリーが1個だけついたシンプルな構造のテンショナーです。このテンショナーには、バネが内蔵されており、チェーンの張りを一定に保つ構造になっています。テンショナーには、各種あるのですが、フレーム形状やギア等との相性があるので、一概にどれが良いとは断定できません。実際に装着して、ある程度走行しては調整、また走行しては調整するといったことを繰り返してみないと、各部品の相性を知ることはできません。
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(ディレイラーハンガーに取り付ける際に、爪の引っかかる凹みを加工。)
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(普通に取り付けた場合。テンショナーの可動域は120度なので、これではまずい。)
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(加工した凹みを使って、取り付けた場合。)
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(可動域内で、余裕のある動き。)
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(後ディレイラーに似た形状のテンショナーもある。)

 ちなみに、ストドロエンドのフレームを使ってシングル化する方法には、この他、半コマチェーンを使う方法と、トラックエンド・コンバーターを使う方法などがあります。しかし、どちらも危険なのでお勧めしません。改造によって性能が落ちてしまうのであれば、改造する意味はありません。
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(1リンク分の長さしかない「半コマ」。変形プレートを使っている。)
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(ストドロに無理やりトラックエンドをつけるための部品。やめた方が良いと思うが・・。)


(2)チェーン張り
 チェーンは、自動車用のエンジンオイルに漬け込んで、揉んでおいたものです。このようにすると、チェーンの隙間までオイルが浸透し、溜まった汚れを洗い流してくれます。洗浄と注油を兼ねているわけです。
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(エンジンオイルに漬けたチェーンをモミモミ。)

 ペットシーツの上に、処理後のチェーンを広げてみると、いかに汚れが酷かったかが分かります。再使用する際には、ウエスやペットシーツで余分な油分を落としておきます。エンジンオイルは、粘度が低いため、中途半端に油を拭いただけでは、走行中に生じる遠心力によって、結構油が飛び散ってしまいますので注意が必要です。
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(こんなに汚れて・・。ペットシーツは便利。)

 先ずは、テンショナーを装着しない状態で、前後ギアにチェーンを通して、どこで切断すればチェーンが最短になるかを見極めます。チェーンは、外側プレート及びピンで構成される「アウターリンク」と、内側プレート及びブッシングで構成される「インナーリンク」を交互に組み合わせることで成立しています。この構成を考えながら、チェーンを切る位置を決めます。なるべくチェーンが短くなるようにするのは、余分に長いチェーンは走行中に暴れて落ちてしまうからです。
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(チェーンを仮に装着して、切断する場所を決める。)
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(なるべく短く。)
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(針金ハンガーで作った工具。便利です。)

 今回は、チェーンを繋ぐ際に、ミッシングリンクを利用します。ミッシングリンクとは、着脱可能なアウターリンクのことです。よって、切断したチェーンの両端は、インナーリンクにならなければいけません。リンクピンでつなぐ場合には、片端はアウターリンクを残しておきます。
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(ミッシングリンク。)

 次に、チェーンを一旦外して、テンショナーをハンガーに取り付けます。
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(テンショナーを装着。)

 前後ギア及びテンショナーにチェーンを通し、ミッシングリンクで接続します。ミッシングリンクは、ラジオペンチなどで奥まで押し込んで装着します。リンクプレートの表裏から目視して、ミッシングリンクがきちんと隙間なく連結されているかを確認します。
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(このように両端にはめて・・。)
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(ミッシングリンク同士を組み合わせ・・。)
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(ラジオペンチなどで押し込みます。表と裏から接続を確認。)

 最後に、チェーンラインを調整します。後ろから覗き込んで、前後のギア及びテンショナーの間をチェーンが真っ直ぐに通過しているかを確認します。後ギア(スプロケット、コグとも)の位置はスペーサーを入れ代えることで調整し、テンショナーのプーリーの位置はネジで調整できます。
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(チェーンラインがずれていると、危険だし非効率だし・・。)
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(コグの位置が決まったら、フィキシングボルトを本締め。)
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(ドライブトレイン完成。)



3. その他
 ブレーキワイヤーも装着。

 ハンドルを左右に切ってみて、ワイヤーがハンドルの動きを妨げないような長さで、アウターケーブル(ハウジングとも)の長さと取り回しを決めます。

 今回、後ブレーキのワイヤーは、全長にわたってアウターを被せたままにする「フルアウター」で、トップチューブ上を金属のアウターバンドで固定する方法で取り回すことにしました。別に機能的には何の意味もないことですが、このようにすると古っぽい外観になります。
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(DIA-COMPEのアウターバンド。古っぽくて雰囲気がある部品。)

 ブレーキの調整については、若干余裕のある調整が好みなので、いつもそのように調整しています。指が伸びた位置からブレーキが効き始めてしまうと、微妙なブレーキングも、強力なブレーキングもできなくなってしまうからです。カックンといきなり効き始めるブレーキは、危険だということです。

 ステムも、アンカーボルトを調整して、クランプボルトを本締めします。
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(アンカーボルトで、ベアリングの固定具合を調整。)

 アンカーボルトは、バネの役割をするアンカー(スターナットとも)を引き上げることによって、きつ過ぎず緩すぎない位置でベアリングを固定します。よって、アンカーボルトの締め付け具合が適正でないと、ベアリングを破損させてしまうことになるので、注意が必要です。このことは、ボールベアリングでもシールドベアリングでも同じです。アンカーボルトを締めた位置で、前輪を浮かせたままハンドルを左右に動かして、ガタつきがあるか、動きが渋くないかを確認し、必要なら再度調整します。
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(ステムのクランプを締めてハンドルの向きを固定。)


4. 試乗
 諸々の作業を経て完成した自転車。しかし、乗ってみないことには、どう良くなったのか、どう悪くなったのかは分かりません。手でクランクを回してみて調子よくホイールが回転したからといっても、思いっきり力をかけてペダルを踏んだら、歯飛びしたり、チェーン落ちしたりすることだってあるのです。

 これからこの自転車を運用していくにあたっての一番の心配は、チェーン落ちです。以前は、前ギア(チェーンリング)の上に、チェーンの暴れを押さえるためのチェーンケージをつけていたのですが、今回はチェーンの全長を短くした代わりに、チェーンケージもチェーンウォッチャーすらも付けていません。
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(チェーン落ちを防止する方法も様々。)

 2015年4月25日(土)夕方、早速、組みあがったばかりの自転車を、六甲ケーブル下駅までの登り(標高250mくらい、距離3qくらい)で試してみることにしました。以前、シングルスピードのMTBで六甲山頂にアタックしたことが一度だけありますが、途中で力尽きて、歩いてしまいました。六甲ケーブル下駅は、山頂に比較すると4分の1くらいの標高ですが、シングルスピードにとっては厳しいコースです。
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(六甲ケーブル下駅の少し上まで登って、記念撮影。)

 最近ちょっと運動不足にも関わらず、信号待ちで停車する以外は、足をつかずにケーブル下駅のちょっと上まで登ることが出来ました。登っている間は、8割方ダンシング(立ちこぎ)だったのですが、ずっと大きな力が加わり続けていたにもかかわらず、ギアやチェーンに異常な挙動はありませんでした。
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(何の変哲もない外観。しかし、ホイールは別物。)
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(後ホイール周り。テンショナーがシンプル。スキュアーもクリックリリース無しのものに交換。)
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(クランク周りもシンプル。)
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(赤いヘッドセット。とても滑らか。)
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(本革サドル。わざわざ張り替えたのです。我ながら、職人技だね。)
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(お気に入りの三ヶ島ハーフクリップ。錆止め加工済み。スニーカーが気軽。)

 ホイールは、スポークテンションを上げたので、全く別物のように硬くなり、良く進みます。現在25cタイヤを履いているのですが、この硬さなら、次は28cタイヤにした方が良いかも知れません。その他、各部の動きを意識しながら、満足のいく仕上がりであることを確認しました。

 翌日は舞子公園(明石海峡大橋)までの、平地テスト。ギア比が固定されている(46丁×18丁)ため、時速35キロメートルあたりからの高速では伸びませんが、時速30キロメートル以上を維持して走るような用途であれば、変速機付きの自転車よりも楽に走れます。平地でも、各部の動きを確認し、異常はありませんでした。
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(明石海峡大橋。平地では本領発揮。)



 今回で、「安い自転車に感謝を込めて・・」の一連の記事は完結です。最後まで根気よく読んでくださった方、ありがとうございます。

 私自身、安い自転車をオーバーホールする過程で、いろいろ考えさせられました。

 高価なモノ、軽いモノ、新発売のモノ、ショップお勧めのモノ、専門誌に紹介されたモノ、プロが愛用しているモノ、流行のモノ、自転車仲間が持っているモノ・・、自転車を趣味とする人の物欲を刺激するモノは、次から次へと湧いてきます。しかし、たまにはそんな雑音を消して、自分に問いかけてみましょう。

 皆さんは、自転車が好きですか?

 では、また・・。
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(もう一枚、おまけ。)
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posted by 司法書士 前田 at 18:13| Comment(0) | 自転車

2015年04月24日

安い自転車に感謝を込めて・・(組立編2)

 今回は、ボトムブラケット及びクランクの組付け作業です。


1. ボトムブラケット装着
 ここで使用するのは、スクエアテーパー(四角軸)のカートリッジ(シールドベアリング)式ボトムブラケットです。このタイプのボトムブラケットは、安価でメンテナンスフリー(動きが渋くなったら交換する)なので、実用車に向いています。

 ボトムブラケットは、本体とフィキシングボルトとに分割されていますが、先ずは本体の方を、車体右側(ドライブ側)ボトムブラケット・シェル(フレーム下の大きい穴のこと)に捻じ込んで固定します。ここは逆ネジ(反時計回りで固定)です。締め付けトルクは、50〜70Nm(ニュートンメーター)が標準ですので、かなり大きな力で締め付けなければならないということになります。
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(ネジ溝はもちろん、全体にグリスを塗布します。防水・防錆・固着防止のためです。)
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(まずは手で締めはじめます。BB本体側は逆ネジ。フィキシングボルト側は正ネジ。)

 ボルトやナットを締める時には、いつもそうですが、ネジ山にグリスを塗っておきます。また、締め始めからいきなり工具を使うのではなく、先ずは手で締め込んでいきます。雌ネジと雄ネジを交叉させたまま大きなトルクで締め込んでしまうという初歩的ミスを防ぐためです。

 次に、車体左側のボトムブラケット・シェルに、フィキシングボルトを捻じ込んで固定します。こちらは、大きなトルクで締める必要はありません。


2. コッタレス・クランクの圧入
 スクエア・テーパーのクランク軸(アクスルとも)は、先端部に向かって若干細くなっています。この部分にクランクの四角穴を圧入することによって、クランクと軸とを一体化させるのです。圧入と言っても、フィキシングボルトを締め込んでいくだけなので、特殊工具は不要です。

 圧入によって金属同士が接触する部分や、フィキシングボルトのネジ山には、予めグリスを塗っておくことを忘れてはいけません。摩擦が減ってしまうという理由で、圧入部分にはグリスを塗ってはいけないという説があるようですが、私は気にせずグリスを塗ります。その他に、指定トルクの管理が難しくなるという理由で、メーカー指定部分のネジ以外にグリスを塗ってはいけないという説もあるようですが、私は気にしません。
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(フィキシングボルトを締めこむだけで、簡単に圧入完了。)
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(自転車の形になってきた。)


3. 余談
(1)グリスについて
 金属と金属とが触れる部分には、グリスを塗っておくのが基本です。グリスでなくとも、ネジ止め剤でも焼付き防止剤でも、何かを塗っておけば、きっと後悔しないで済むでしょう。

 グリスとは、鉱物油等のサラサラの基油に、ネトネトの繊維質の増ちょう剤を混合して練物の状態にしたものです。グリスに一定の動きを加えると、増ちょう剤の間からサラサラの基油が染みだして潤滑性を発揮し、動きが止まるとまた練物に戻るという特性があります。

 グリスの役割は、自動車のエンジンオイルと同じです。エンジンオイルは、エンジン内を潤滑、清浄、密封、防錆、防水、冷却等する役割を担っています。グリスも、使用される部位が違うだけで、同じような役割を果たします。

 自転車の場合には、万能グリス(リチウムグリス)を塗っておけば、たいていは事足ります。シマノのプレミアムグリス(デュラエースグリスとも)も、成分や性能に大差無いようです。
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(万能グリスとして売られているものは、リチウム石鹸基グリスのこと。ベアリング等への使用に向く。)
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(シマノのプレミアムグリスももちろんOK。)

 ちょっと気をつけなければならないのは、高温になる部分と、気密性の高いシール部分へのグリス塗布です。

 ローラーブレーキやコースターハブは、構造上とても高温になりますので、普通のグリスではすぐに流れてしまいます。よって、専用グリス等の耐熱性能の高いグリスを使用すべきでしょう。
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(ローラーブレーキには専用品があります。ブレーキにグリスというのは、初耳な人も多いのでは?)
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(高温に対しては、ウレア基グリス。使用箇所によっては、スプレーグリスも便利。)

 また、鉱物油を基油とするグリスには、多かれ少なかれゴム等の樹脂を侵す性質があります。自転車のシールドベアリング程度の気密性ならば、このことをあまり気にする必要はないのでしょう。しかし、高価なサスペンションに使用されているゴムシールのように、高い気密性が要求されるような部分では、下手なグリス塗布がエア漏れやオイル漏れの原因になるかも知れません。私は、そんな高価で繊細なパーツを使わないので、他人事ですが。
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(サスペンションに良く使われるスリックハニー。成分等はよく分からない・・。)

 ところで、自転車専用として販売されているグリスには、成分や性能表示がないものばかりですが、何故なのでしょう。安い汎用品で代用できることを消費者に知られると、高い専用品が売れなくなってしまうからでしょうか・・。


(2)ネジとトルク管理について
 ネジが物を固定するのには一応理屈があります。やたらとネジを硬く締め付ければ、固定力が最大になるというものではありません。ネジは、雌ネジと雄ネジのそれぞれのネジ山が、復元力によって互い押し合う力によって、物を固定するのです。
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(ネジの扱いは、奥が深いと思うのです。)

 ネジを締めつけていくと、金属のネジ山はたわんで元に戻ろうとします。雌ネジと雄ネジでは、ネジ山はそれぞれ逆方向にたわんで、それぞれを押し合う形で元に戻ろうとします。この押し合う力が最大になれば、最も頑丈に物を固定できます。

 しかし、たわんだ金属(樹脂のネジも同じです)が復元するのには限界があります。力をかけすぎれば、金属は復元力を失って、最悪の場合、破断してしまいます。また、金属に何度も同じ力をかけ続ければ、やがて疲労して、復元力を失ってしまいます。ネジの締付けトルクの管理とは、復元力の範囲内で目的に合った固定力を発揮させるためのルールなのです。

 トルク管理をするためには、トルクレンチが便利です。特に高価な機材を使っている人にとっては、トルクレンチは必需品でしょう。安いプリセット式のトルクレンチは、3千円くらいからありますので、一本持っておいても損はありません。
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(プリセットとは、目標トルクを設定してから作業するということ。)

 自転車整備のための一般的な規定トルク表は、ネット上で簡単に見ることが出来ますし、繊細なパーツには指定トルクが刻印されていることもあります。規定トルクを意識すれば、整備の際に機材を壊してしまうという事態(実は、これが意外に多いのです。)を減らすことが出来ます。

 ただし、数値への過信は禁物です。ネジをつけ外しするときの基本を守ることや、ネジの材質や劣化状態を考えることの方が、規定トルクの数値以上に大事なのですから。



 地味〜な話ですが、ネジをつけたり外したりするだけのことが、意外にもちゃんとできないものなのです。
 少年時代、オートバイの整備中にどうしても外れないネジがあって、仕方なくバイク屋さんに持って行ったら、プロの整備士が見事な職人技でサラリと外してくれました。逆に、無茶なやり方をして、ネジを破壊してしまった整備士もいました。私自身、力任せにやって、失敗したことも数知れません。
 ネジを見る度、いろいろなことを思いだします。

 では、また・・。
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posted by 司法書士 前田 at 05:29| Comment(0) | 自転車

2015年04月22日

安い自転車に感謝を込めて・・(組立編1)

 今回から、化粧直しの終わったフレームに各パーツを組付けていく作業を行います。シングルスピードの自転車なので、変速装置の組付けに関しては扱いません。

 最初に行うのは、ヘッドセットの組付け作業です。


1. 専用工具が必要
 ヘッドセットの組付けは、各工程で専用工具を使用します。しかし、自転車屋さんでもない限り、一生のうち数回しか使わないような工具をわざわざ購入するメリットはありません。そこで、素人としては、工具を自作してみるのも面白いと思います。ルールはありませんので、ネット等で調べながら工夫してみてください。
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(左から、ヘッドワン圧入工具、下玉押し圧入工具、スターナット・セッター、ゴム槌です。)

2. スター(ファングル)ナットの打ち込み
 今回は、フォークコラム(ステアラーとも)の中に、十分に継続使用可能なスターナット(アンカーとも)があるので、工程のみ紹介します。

 スターナットは、一旦打ち込まれると、爪がコラムの内壁に食いついて引き抜けないような構造になっています。よって、古いスターナットを取り外す必要があるときには、長い鉄棒などを介して、スターナットをコラムの反対側(下側)まで打ち抜く必要があります。
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(スターナット。コラムの中に打ち込みます。)

 新しいスターナットを打ち込むためには、スターナット・セッターという補助具を使います。専用工具を使わずに、鉄棒等を介して打込むことも可能ですが、失敗する(斜めに打ち込まれてしまう)確率が非常に高いので、お勧めしません。
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(スターナットを工具にセット。)
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(専用工具を使うと、容易に真っ直ぐ打ち込むことが出来ます。)


3. 下玉押しの圧入
 下玉押し(クラウンレースとも)は、本来はベアリング球を玉受け(カップ、ヘッドワン=椀とも)との間で挟み込み、ボールの転がる道になるべき部品です。しかし、現在主流のシールドベアリングの場合には、玉押しも玉受けもベアリング・ユニットの位置を固定する役割しかありません。よって、下玉押しにも、ボールベアリングを用いる場合ほどの精度及び強度が要求されているわけではなく、圧入しなくてもよいように「割り」の入ったものも存在します。

 今回用いる下玉押しは、「割り」の入ったものなので、圧入の必要はありません。よって、工程のみ紹介します。
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(「割り」が入ったタイプは、圧入不要。)

 フォークコラムの下部は、若干径が太くなっているので、ここに下玉押しを圧入します。下玉押しの内径は、太くなったコラムの外径よりほんの少しだけ小さいため、圧入にはかなり苦労することがあります。
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(グリスを塗ってから、コラムに下玉押しを通します。)
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(塩ビパイプを利用して作った圧入工具で、バコバコと叩いて圧入。)
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(このような状態になったら完成。)

 圧入の際には、金属同士の接触部分にグリスを塗ることをお忘れなく。


4. 玉受け(ヘッドワン=椀とも)の圧入
 玉受けは、上側か下側かどちらか一方ずつを、専用工具で締め付けてヘッドチューブに押し込んでいきます。
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(片方ずつ、圧入工具で締め込みます。)

 自作工具を使った場合には、ヘッドチューブに対して玉受けが斜めに入ってしまうことがあります。したがって、この作業は、玉受けが真っ直ぐ圧入されているかを常に確認しながら、ゆっくりと進めていくべきものです。ちょっとでも斜めに入っていきそうになったら、圧入工具を緩めて、調整後に再び締め付ける、といったように作業を進めます。
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(玉受けが斜めに入らないように注意して、慎重に作業を進めます。)

 圧入する順序は、上側からでも、下側からでも構いません。但し、上下同時に圧入してはいけません。そんなことをすれば、多分失敗します。玉受けが斜めに圧入されれば、玉受け自体はおろか、フレームまで損傷する危険があります。

 圧入という作業は、部品に対して過大な負担をかける行為です。事前に、作業工程と起こりうる事態とを十分にシミュレーションしてから作業に臨みましょう。
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(完成。圧入は、パーツに大きなストレスを掛ける作業です。)

 圧入の際には、玉押しでも、玉受けでも、金属同士の接触部分には必ずグリスを塗ることをお忘れなく。


5. ホイール等装着
 メンテナンススタンドがないので、ボトムブラケットを装着する前に、作業性を考慮して、自転車を自立させなければなりません。

 先ずは、ヘッドセットとフロントフォークをフレームに装着します。装着する際には、各部にグリスを塗っておきます。シールドベアリングなので、グリスは潤滑のためというよりは、防水や防錆のために使います。ステムのクランプも仮締めしておきます。

 次に、前後のホイールをつけます。しかし、後でチェーンラインを調整する必要があるので、後ホイールのスプロケット(コグとも)は適当な位置にして、フィキシングボルトは仮締めしておくだけにします。
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(なんか、自転車らしい形になりました。メンテスタンド無しでも、作業できます。)



 自転車の形になったところで、ハンドルを左右に動かしてみましたが、とてもスムーズな動きです。今回交換したヘッドセットは、ARCという台湾メーカーの製品ですが、1600円とは思えない出来の良さです。
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(クリスキングには遠く及ばないけど、必要にして十分。)

では、また・・。
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posted by 司法書士 前田 at 09:04| Comment(0) | 自転車

2015年04月20日

安い自転車に感謝を込めて・・(化粧直し編6)

 今回は、塗装後の磨き作業についての話です。


・塗装面の仕上げ
 何度かのクリア塗装も終わったので、ここらへんで塗装は止めて、塗装面を磨くことにします。
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(塗装完了。このままでも十分きれい。)

 塗装面を磨くことによって、鏡面のように美しく光を反射する仕上げが出来ます。もちろん、そんな事が出来るというだけで、そこまできれいに仕上げる必要はありません。実用自転車を作ることが目的であって、別に美術作品を作っているわけではないのですから。

 用意するのは、2000番以上の細かい耐水ペーパーと、各種コンパウンドです。コンパウンドとは、研磨用の微粒子を混合した練物や液体のことです。車用の水垢クリーナーや半練ワックスもコンパウンドです。これらは使いやすく、粒子が細かいのでお勧めです。
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(車の美装用コンパウンドは使いやすくてお勧め。)

 まずは、塗装のムラや垂れを、耐水ペーパーを使って平滑に均します。

 磨くという作業は、塗装の表面を削り取るということですから、適当なところで妥協します。ピカピカの自転車が出来上がったところで、塗膜が薄すぎれば、フレームの地金を保護するという塗装の役割が果たせません。また、本人が思っているほど、塗装のムラは目立たないものなので、妥協しても構わないのです。
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(車の板金と違って、自転車フレームは狭い曲面だけなので、塗装のアラは目立たないのです。)

 次に、コンパウンドを布等につけて、きれいな光の反射がでるまで磨きます。

 以上です。
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(またガンガン乗って、傷だらけになる実用自転車。そこに美術品にはない美しさがあります。)

 磨き作業は、塗料を十分に乾燥させた後に行うことが大事です。特に、缶スプレー塗料(アクリル系)は、表面的には2〜3時間で硬化しますが、完全に硬化するには相応の時間がかかります。特に、一度に厚塗りすると、完全硬化するまでには数カ月を要することすらあります。何日にも分けて、ちょっとずつ塗り重ねていく方が、結局、丈夫な塗膜を作るには早道なのです。

 では、また・・。
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posted by 司法書士 前田 at 14:37| Comment(0) | 自転車

2015年04月18日

相続の承認・放棄及び熟慮期間について

 民法第915条1項は「相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。」と定めています。この3カ月の期間のことを「熟慮期間」と呼びます。

 今回は、いろいろと誤解の多い相続の承認・放棄について、特に熟慮期間に注目して整理してみたいと思います。



1. 相続の承認及び放棄とは
(1)相続の単純承認と限定承認とは
 相続とは、相続財産を包括的に承継することです。言い換えれば、相続とは、プラスの財産(例:現預金や不動産)もマイナスの財産(例:債務や遺贈義務)も含めて、全ての相続財産(=被相続人の権利義務、被相続人の一身に専属する権利義務を除く)を承継するということです(民法第896条)。

 単純承認は、この相続の効力をそのまま認めるという原則的な相続形態です。よって、放棄も限定承認もしなければ、相続人は原則どおり包括的に被相続人の財産を相続します(民法第920条)。単純承認すると、被相続人が債務超過(マイナスの財産>プラスの財産)であった場合、相続人の持ち出しになってしまいます。

 これに対して、限定承認とは、相続はするけれども、マイナスの財産を弁済する責任を相続によって得た財産の範囲に限定する、という相続形態です(民法第922条)。つまり、限定承認をした場合、相続人は、仮に相続財産が債務超過であったとしても、超過分の債務を、身銭を切ってまで弁済する必要はないのです。

 相続が開始したけれども、相続財産が最終的にプラスになるのかマイナスになるのか分からないような場合に、限定承認によって、一旦相続財産限りで清算を行い、プラスになればその分だけを受け取るという選択が可能になります。

 誤解の多いところですが、限定承認も包括承継であることに変わりはありません。ただ、弁済の責任範囲が限定されるだけです。会社等の有限責任制度や、破産免責、ノンリコース・ローン等、債務に対してそれを弁済する責任の範囲を限定する制度や契約手法は珍しいものではありません。


(2)相続の放棄とは
 相続の放棄とは、相続人自らの意思で相続しないことを選択することです。相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなされます(民法第939条)。

 相続放棄をすると、相続人ではない(ものとみなされる)のですから、プラスの財産もマイナスの財産も一切承継しません。放棄した者に関して、代襲相続が問題となることもありません。

 このように理解すると、並べて解説されることの多い放棄と限定承認は質的に異なる制度であることが分かります。放棄とは、要するに、相続人としての地位を喪失する手続きです。これに対して、限定承認とは、相続財産の清算手続きなのです。


(3)相続の承認及び放棄の手続きとは
 民法第915条1項に、「相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。」と規定されています。この規定を読むと、相続の承認・放棄をする際には、何らかの意思表示が必要になるようにも思われます。

 しかし、家庭裁判所への審判申立てという形での意思表示が必要になるのは、限定承認と放棄の場合だけです。原則形態である相続の単純承認が成立するためには、民法第921条各号に定める事由が生じさえすればよいので(「法定単純承認」といいます。)、特別な意思表示は不要です。単純承認の効果が生じるための事由は、次の通りです。

 ・相続人が相続財産の全部又は一部を処分したこと。
 ・熟慮期間が経過したこと。
 ・相続人が、相続財産を隠匿、消費又は秘匿したこと。

 これに対して、限定承認するためには、相続開始地を管轄する家庭裁判所に対して、限定承認申述を行う必要があります(民法第924条、家事事件手続法第201条)。この申述は、相続人が複数いるときは、共同相続人の全員が共同して行わなければなりません(民法第923条)。

 限定承認は、一見すると相続人にとって都合のよい制度のようですが、実際の利用はあまり多くはありません。例えば、最高裁の司法統計によると、平成25年度の限定承認申述の新受件数は全国で797件(審判事件総数の0.1%)しかありません。これに対して、同年の相続放棄申述の新受件数は173,166件にもなりますから、限定承認の利用の少なさは際立っています。

 このように、限定承認の利用が少ない理由は、手続きの複雑さ、税務の問題(みなし譲渡所得等)、清算事務を行う相続人(=相続財産管理人)の事務負担や不当弁済の責任負担(民法第934条)等にあると考えられます。

 最後に、相続放棄するためにも、相続開始地を管轄する家庭裁判所に対して、相続放棄申述を行います。しかし、限定承認の場合と異なって、複数の相続人がいても相続人の一人から放棄申述をすることが出来ます。これは、相続放棄の効果が、単に相続人とならなかったものとみなされるだけで、相続財産の清算を行うわけではないからです。
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2. 熟慮期間の起算点に関する問題
(1)「自己のために相続の開始があったことを知った時」(民法第915条1項)の解釈
 次のような事例を考えてみましょう。

(事例)
 Aは、妻Xと子Yを残して、平成24年1月某日突然消息不明になりました。それから3年後の平成27年1月某日(現在)、Aの債権者だというBから、XとYに対して、Aが死亡しているのでAの借金の1000万円を支払うようにとの通知が届きました。Aは平成26年1月某日に借金の取り立てを苦にして自殺してしまったというのです。
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 この事例のXとYは、Aの相続を放棄して、Bからの請求を拒絶することができるでしょうか?

 判例の従来からの立場は、「『自己のために相続の開始があったことを知った時』とは、相続人が相続開始の原因たる事実の発生を知り、かつそのために自己が相続人となったことを覚知した時を指す。」というものです(大決大15年8月3日)。この立場に従えば、XとYが、「自己のために相続の開始があったことを知った時」は、BからAの死亡について知らされた平成27年1月某日ですから、その日から3カ月以内であれば、相続放棄は可能です。

 では、上の事例をちょっと捻ってみましょう。実は、XとYは、Aが平成26年1月に自殺したことを、Aの仕事仲間であるCからAの自殺間もなく知らされていたのです。その場合に、XとYは、Aの相続を放棄することができるでしょうか?

 XとYが、Aの死を平成26年1月の時点で認識していたとしても、死亡時にAに負債がないはずだと信じていたのであれば、相続放棄を申し立てることなど思いもよらないことでしょう。相続放棄を申し立てることは理屈では出来たとしても、そうする期待可能性が著しく低い場合にまで、XとYに法定単純承認が成立し、Aの残した負債を返さなければならないとしたら、XとYの保護に欠けることになってしまいます。

 このような問題に対して判例は、相続人が相続放棄又は限定承認しなかったのが被相続人に相続財産が全くないと信じかつそう信じるにつき相当な理由があるときには、「熟慮期間は、相続人が相続財産の全部または一部の存在を認識した時または通常これを認識しうべき時から起算すべき」(最判昭59年4月27日)として例外的に救済を与えたのです。

 したがって、XとYが、Aに全く相続財産がないと信じ、かつそう信じることに相当の理由があるという場合には、熟慮期間の起算点は、XとYがAの負債と死亡とを認識した平成27年1月某日となり、そこから3か月の間は相続放棄を申し立てることが可能です。

 但し、このような解釈が可能なのは、あくまでも相続財産が全くないと信じるについて相当な事情がある例外的な場合のみです。例えば、本事例のXとYが、Aの借金癖を認識していた場合や、Aの財産調査をすることが容易であった場合等には、原則通り、Aの死亡を認識した時である平成26年1月某日から熟慮期間を起算することになります。


(2)相続開始事実を知ってから3カ月経過後の相続放棄申述は可能か?
 家庭裁判所に対する申立てや相続手続きに関わる仕事をしていると、「○○が死亡してから3カ月以上経ってしまったのだけれども、相続放棄することは可能でしょうか?」というような質問を頻繁に受けます。

 まず、この問題について考えるためには、相談者が「相続放棄」と言っているのは、「民法上の相続放棄」なのか、それとも単に相続財産を承継しない効果のみを発生させる「事実上の相続放棄」なのかを区別しなければなりません。後者については本稿では論じませんので、以下では、前者(民法上の相続放棄)についてのみ話をします。

 前記2(1)の事例のように、普段交流のない被相続人の死亡から3カ月以上経過した後に、債権者が、相続人に対して、相続債務の弁済を請求することがよくあります。債務者が死亡すると、債権者がその事実を覚知するまでに一定の時間が経過し、さらに債権者が債務者の相続関係を調査するために一定の時間が経過します。このような理由で、3カ月という短い期間はあっという間に過ぎてしまうものです。

 実務上、このような場合に、債権者から相続人に対して催告があった時を「自己のために相続の開始があったことを知った時」(民法第915条1項)と記載して、家庭裁判所に対する相続放棄申述を行います。このようにするのは、前記の判例(最判昭59年4月27日)によって、相続開始を知ってから3カ月以上経過している場合にも、相続人を救済すべき例外的な事情があるかも知れないからです。

 家庭裁判所は、熟慮期間の起算点に関してこのような記載のされた相続放棄申述(限定承認申述も同じ)を、かなり柔軟に受理(審判)してくれます。

 よって、前記「○○が死亡してから3カ月以上経ってしまったのだけれども、相続放棄することは可能でしょうか?」という質問に対して、私ならば、「事情によって、申述書の記載の仕方によっては、可能です。」と答えるでしょう。

 しかし、相続放棄の受理審判の可否というのは単なる手続上の問題に過ぎません。本質的問題は、ここにはありません。



3. 相続の放棄・限定承認の無効主張
(1)相続放棄受理通知書と相続放棄受理証明書
 相続人が、相続債権者に対して支払を拒絶するためには、相続放棄することが最も簡単な方法です。家庭裁判所への審判申立という手続きだけで、個別の債権者や債務内容について対応する必要が無くなるのですから、相続人にとってこれ程楽なことがあるでしょうか。

 相続人が、相続放棄申述の事実を債権者に対して主張するためには、通常は「相続放棄受理通知書」又は「相続放棄受理証明書」を提示します。どちらの書類にも、被相続人及び申述人の表示、相続放棄申述事実等が記載されています。「通知書」は放棄申述をすれば家庭裁判所から申述人に対して交付(送付)されるものであるのに対して、「証明書」は申述人が家庭裁判所に対して申請してはじめて交付されるものであるという違いがあります。

 相続債権者は、相続人から相続放棄受理通知書又は相続放棄受理証明書を示されると、たいていは直ぐにその相続人に対する請求を諦めます。債権者としては、他に相続人がいればそちらに請求するし、全ての相続人が放棄してしまっていたら債権の回収を断念することになってしまいます。


(2)相続放棄申述受理審判の効力とは
 一見すると、相続人は、簡単な放棄申述さえすれば、相続債務の弁済義務から解放されるかのようです。さらに、熟慮期間の起算点を家庭裁判所が柔軟に解してくれるというのであれば、相続人は、相続開始を知っていながら、相続債権者からの請求を受けるまで、放棄(や限定承認)の手続きを取らずに怠けていても安心であるかのようにすら思われます。一般的には、相続放棄申述の効力は、そのように強力なものと認識されているようですが、この認識は正しいのでしょうか?

 実は、相続放棄申述受理審判の効力とは、相続人から相続放棄申述があったという事実を宣言するだけのものでしかありません。家庭裁判所に対してなされた相続放棄が有効なものであれば、放棄者は初めから相続人とならなかったものとみなされる(民法第939条)という実体法上の効力が生じますが、これは審判という手続自体の効力ではありません。つまり、家庭裁判所に対して相続放棄申述がなされたからと言って、その相続放棄が有効であるということの証明にはならないのです。さきの「相続放棄受理証明書」も、相続放棄申述があったことを証明するだけで、相続放棄が有効であるとの証明ではありません。そもそも、家庭裁判所は、相続放棄という実体法上の行為が有効であるかどうかということについてまで審査しませんし、審査する能力もないのです。相続放棄の有効・無効は、最終的には訴訟で決するべきものなのです。
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 したがって、相続債権者が、相続放棄した相続人に対して、相続放棄の無効を主張して、相続債権の請求訴訟を起こすことは可能です。熟慮期間経過に関する問題はもちろんのこと、相続財産の処分や消費等の法定単純承認事由についても、債権者から追及を受ける可能性はあるのです。

 相続放棄受理証明書があるからと言って、それは、相続債務に対して責任を負わないことについての家庭裁判所の「御墨付」ではないのです。誤解のなきように。
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posted by 司法書士 前田 at 17:02| Comment(0) | 相続・遺言