2015年07月28日

機械式ディスクブレーキの整備について

 機械式(メカニカル)ディスクブレーキというと、油圧式(ハイドローリック)ディスクブレーキに比べて、安物で劣っているというイメージを抱いている人も多いのではないでしょうか。

 確かに、機械式ディスクブレーキの仕組みは非常に単純で、その部品は一般的に安価です。しかし、自転車という乗り物自体が単純なのですから、単純であることもまんざら馬鹿にしたものではありません。また、部品が安いというのも、考えようによっては、良いことです。そこで、今回は、機械式ディスクブレーキの整備を紹介します。ちょっとした知識とコツが要るのです。

 題材として使うのは、私のMTBにつけているシマノbr-m416aというモデルです。



1. 機械式ディスクブレーキの仕組み
 機械式ディスクブレーキは、ブレーキワイヤーを引っ張ることによって、2枚のブレーキパッドで金属製のディスクローター(お皿)を挟みつけて制動するブレーキ機構です。
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 「挟み付けて」と言いましたが、正確には、「外側パッドを、ディスクローターと内側パッドに押し付けて」と言うべきかもしれません。というのも、ブレーキワイヤーを引っ張ることによって動作するのは、外側パッドだけだからです。内側パッドは、制動中は全く動きません。ディスクローターが、しなりのある金属でできているので、こんな単純な造りでも、十分役目を果たすのです。

 実は、外側パッドだけが動くという仕組みは、機械式ディスクブレーキを装着するうえで、意識しておかなければならないことです。ディスクブレーキの調整は、理想的には、内側と外側のパッドの中間を、均等な隙間を開けてディスクローターが通過するようにキャリパー本体やパッドを装着することです。しかし、内外のパッドがバランスの取れた動作をするわけではないのですから、口で言うほど簡単に「均等な隙間」など分かりません。さて、どうやって内外のバランスを取るのでしょうか?
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(ホンダCB90JX。機械式ディスクブレーキを採用したオートバイ。)
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(CB90JXの機械式ディスクブレーキ。外側パッドを押した反力で内側パッドが同じ量だけ動作する。小型化すれば、自転車の機械式ディスクブレーキにもそのまま使用できそう。)




2. 手順
(1)清掃
 全ての整備に共通することですが、金属の部品は錆びやすいので、必要以上に水でジャブジャブ洗ってはいけません。パーツクリーナーを使ってもよいのですが、その場合も、溶剤を完全乾燥させたうえで、潤滑の必要な個所にはグリスを入れなおさなければなりません。今回は、薄めた中性洗剤をウエスにつけて拭き掃除するだけにしました。
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(アーレンキーで、上下2か所のボルトを外す。)
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(キャリパー本体が、マウントから分離した。)
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(パッドを固定している割りピンを外して、パッドを抜き出す。)
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(薄めた中性洗剤を、ウエスにつけて、パッドやキャリパーの汚れを拭き掃除。)



(2)装着・調整
@. ブレーキパッドの装着
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(スプリングをパッドで挟んで、キャリパーに挿入。)
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(割りピンの先を曲げて、脱落しないようにする。)

A. キャリパーのマウントへの仮留め
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(マウントにキャリパーを仮留め。この段階では、キャリパーは左右に動かすことが出来る。)

B. ワイヤーの固定
 機械式ディスクブレーキ調整の一つ目のキモは、ブレーキアームにワイヤーを固定する際に、ブレーキアームをちょっとだけ(1〜1.5cm)押し上げておくことです。ブレーキアームを全く押し上げないままでワイヤーを固定すると、ブレーキの遊びが大きくなりすぎて、制動できなくなります(フニャフニャな状態)。逆に、ブレーキアームを押し上げすぎると、ブレーキレバーが重くなったり、ワイヤーが不自然によじれてしまったり(そのうちワイヤーが切れます。)します。
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(ついでにワイヤーを交換します。)
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(ワイヤーをハウジングに挿入する前に、グリスを薄く塗布。)
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(ブレーキアームを1.5cm前後押し上げた位置で、ワイヤーを固定。押し上げすぎは禁物。)

C. 内側パッドの初期位置
 ここが、2番目の重要な点です。内側パッドは、一番外側(キャリパー本体から見るのではなく、車体からみて左側ということ。)の位置から調整を始めます。このためには、内側パッド調整ボルトを、時計回りに一番奥まで捻じ込みます。
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(内側パッド調整ボルトを一番奥まで捻じ込む。)

D. キャリパーのマウントへの固定
 キャリパーの固定ボルトを本締めする時には、ブレーキレバーをしっかり握って、キャリパーが左右に動かないように注意します。
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(上下2か所のボルトを締めて、キャリパーをマウントに固定します。)

E. 内側パッドの調整
 この段階では、内側パッドが、ディスクローターにべったりくっついているはずです。そこで、内側パッド調整ボルトを、反時計回りに回して、内側パッドとディスクローターの間に隙間を作ります。調整ボルトは、カチッカチッと一定の角度で回りますので、1ノッチずつ根気よく、隙間が空きすぎないように注意しながら調整します。
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(1ノッチずつ、最小限の隙間を探る。)

F. 外側パッドの調整
 外側パッドの調整は、実を言うとブレーキアームを押し上げてワイヤーを固定したときに終わっています。今回のシマノbr-m416aには、外側パッド調整ボルトはついていません。ブレーキレバーの遊びとワイヤーの張りの調整によって、若干外側パッドとディスクローターの隙間を調整することが出来る程度です。
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(ワイヤーの張りを調整するには、レバー側の調整ボルトを回す。)
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(キャリパー側にも、ワイヤーの張りを調整するボルトがついている。)

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(もちろん後ブレーキも同じ作業をしました。)



 機械式ディスクブレーキは、エントリーレベルのMTB完成車に装着されていることが多いようです。そのためか、ほとんど整備された形跡のない機械式ディスクブレーキを街中でよく目にします。また、機械式ディスクブレーキが性能的に劣っているという偏見に近い意見を耳にすることもあります。機械式を好んで使っている私にしてみれば、非常に残念なことです。
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(シマノ・セイントの油圧キャリパー。こんな小さいのに対向4ピストンとは・・。)
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(セイントのレバー。リザーバーとマスターシリンダーが、こんなコンパクトに・・。)

 では、また・・。
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posted by 司法書士 前田 at 15:35| Comment(0) | 自転車

2015年07月15日

遺失物に関する権利と義務

 日本では、落し物(=遺失物)をしても、それが落とし主(=遺失者)の許に戻って来るのは珍しいことではありません。

 遺失物をとりまく権利や義務を考えるとき、道徳的な部分のみに目が行ってしまいがちですが、今回は、遺失物に関する法律について整理してみましょう。



1. 拾得者の義務
(1)警察と遺失物
 遺失物の拾得者は、速やかにそれを、遺失者に返還するか、警察署長に提出しなければなりません(遺失物法第4条1項他)。直接遺失者に返還する場合とは、遺失者が拾得者の目の前で落としたような場合に限られるでしょう。

 遺失物に関する事務を管理する主体は、原則として警察署長です。ここで「署長」というのは単に機関のことを指しているのであって、交番か警察署に提出すればよいのです。警ら中のお巡りさんに提出しても構いません。紛らわしいので、以下、単に「警察」と呼ぶことにします。
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 遺失物を受け取った警察は、以下のような事務を行います。
  ・拾得者に対する受取証の交付
  ・遺失者に対する遺失物の返還
  ・遺失物に関する公告(公表)・照会
  ・一定の遺失物の売却・処分

 上記のうち、「公告」とは、遺失物に関する情報を、警察署の掲示板に張り出すことです(遺失物法第7条)。さらに、インターネットでも、同じ情報が「公表」されるようになりました(遺失物法第8条2項)。

 公告の主たる目的は、遺失者を捜索することですが、遺失者が現れなかった場合に遺失物に関する権利関係を確定させるという意味もあります。現行法では、公告期間は3カ月と定められています。つまり、公告から3カ月経過すれば、遺失者が現れなくても、遺失物の帰属先や処分方法が定まるということです。


(2)施設の中で拾得した場合
 拾ったのが施設の中であった場合は、拾得者は、速やかに「施設占有者」に対して、遺失物を提出しなければなりません(遺失物法第4条2項)。例えば、ビルの中で拾ったものは、そのビルの管理事務所等に提出しなければならないということです。
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 施設占有者の主な役割は、遺失物を拾得者から受け取って、それを警察に提出することです。この場合でも、警察が上記1(1)のような事務を行います。

 しかし、施設の中にも、比較的大規模で、不特定多数に利用され、それ自体が遺失物の管理機能を備えたものが存在します。このような施設は、政令で「特例施設占有者」として規定されるか、公安委員会の指定を受けることにより、自ら遺失物の保管等を行うことができます。つまり、特例施設占有者は、警察の遺失物管理機能の一部を肩代わりしているのです。特例施設占有者として身近なのは、公共交通機関です。

 特例施設占有者が管理する遺失物についても、警察に対して、一定期間内に情報の届出がなされます。警察は、この届出に基づいて、遺失物に関しての公告(インターネットによる公表を含む)及び照会を行います。つまり、遺失物に関する情報は、拾得場所がどこであれ、警察により集中的に管理される仕組みなのです。


(3)刑罰との関係
 遺失物を拾ったまま、警察等に提出しなければ、遺失物等横領罪(刑法第254条)という犯罪が成立してしまうことがあります。

 遺失物等横領罪が成立するには、単に遺失物を警察等に提出するのを懈怠していただけではなくて、「横領」することが必要です。この横領行為の要件については、本稿では省略します。
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2. 拾得者の権利
(1)報労金
 遺失物の返還を受けた遺失者は、拾得者に対して、当該物件の価格の一定割合(100分の5から100分の20)に相当する額を報労金として支払わなければなりません(遺失物法第28条1項)。さらに、遺失物の提出を受けた施設占有者がある場合には、施設占有者に対しても、一定割合の報労金を支払わなければなりません。

 この報労金に関する規定は、@返還を受けた遺失者からの謝礼、又はA私人たる拾得者及び施設占有者を遺失物行政に協力させるための対価という意味があるのでしょう。しかし、正直なところ、この規定には違和感を覚えます。そもそも謝礼を法律で規定するべきではないし、行政への協力に対価が必要だというのも奇妙です。


(2)所有権の取得
 拾得者は、遺失物法に定める公告をした後3カ月以内に所有者が判明しないときは、遺失物の所有権を取得します(民法第240条)。その他、遺失者が遺失物についての権利を放棄したときも、拾得者が所有権を取得します(遺失物法第32条)。



3. 遺失物の種類による取扱いの違い
(1)個人情報の含まれる遺失物
 個人情報の含まれるクレジットカード、免許証や携帯電話等については、公告・照会しても遺失者が判明しなかったり、遺失者が権利を放棄したりしても、拾得者にその所有権を取得させることは適当ではありません。そこで、これら物件については、拾得者が所有権を取得することは出来ないと規定されています(遺失物法第35条)。


(2)大量・安価な遺失物
 傘、衣類や自転車等、個々の物件の価値が低く、大量に生じる遺失物は、遺失者が名乗り出ないことが多いにもかかわらず、大きな管理コストがかかってしまいます。そこで、これらの物件については、2週間という短期の公告後に、警察及び特例施設占有者が、売却又は処分することが出来るようになりました(遺失物法第9、10、20条)。


(3)犬と猫
 所有者の判明しない犬又は猫を拾得したら、警察ではなくて、都道府県等(いわゆる「保健所」)に引き取りを求めることになります(動物愛護法第35条)。つまり、迷子の犬や猫は、遺失物ではないのです。

 動物愛護法が適用されるのは、犬と猫に関してのみなので、他の種類の動物(ウサギ、カメ等)を拾得した場合には、遺失物として、警察に提出する必要があります。
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 落し物は、誰にとっても身近な問題です。今回のテーマは、私の仕事(司法書士業)とは直接関係ないのですが、稀にそんな質問を受けることもあるので、書いてみた次第です。
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posted by 司法書士 前田 at 08:44| Comment(0) | 金銭トラブル

2015年07月12日

タイヤチューブを利用したチェーンステイ・プロテクター

 チェーンは、走行中、乗り手が思っているよりも激しく暴れているものです。そこで今回は、廃チューブを再利用したチェーンステイプロテクターを紹介します。お金もかからず、手軽に試せて、見た目ちょっとワイルドで、効果抜群です。

(1)材料
 材料は、ゴムチューブ、結束バンド、そしてビニールテープです。
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(リサイクルなので手軽ですが、効果は市販の専用品と変わりません。)

 ゴムチューブは、好みの幅(2〜3cm)にテープ状に切り、洗っておきます。洗っておく理由は、チューブの中にまぶしてあるパウダーを落とすためです。


(2)手順
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(電気工事用絶縁テープを使用したプロテクターが汚れてきたので、交換します。)
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(施工する前に、消毒用アルコールなどで、チェーンステイの油分や汚れを落とします。)
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(きれいに掃除して下準備。)
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(巻き始め部分は、ビニールテープで固定すれば、やりやすい。)
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(途中。好みの幅、厚み、巻き方向で。)
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(巻き終り部分は、縛って、締め上げます。)
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(緩まないように、結束バンド2本で固定。余分なチューブを切って整える。)
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(巻き始め部分にも、結束バンド1本で緩み止め。)
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(あっという間に、完成。車輪を外さなくても、簡単に出来てしまう。)


 舗装路でも、MTBは、とても楽しい乗り物です。MTBが楽しすぎて、ロード購入計画が一向に前に進みませんが・・。
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(ちっとやそっとでは壊れないということは、公道を走るうえではとても大事なこと。)
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(毎回、汗だくになって、この景色を見に来ます。)

 では、また・・。
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posted by 司法書士 前田 at 22:21| Comment(0) | 自転車

2015年07月02日

遺言の手間と費用について

 思い立った時に、手軽に作成することができる自筆証書遺言(民法第968条)が人気のようです。

 たしかに、自筆証書で遺言を作成すれば、公証役場に出向く必要もないし、そのための費用を支払う必要もありません。しかし、それだけの理由で、自筆証書の方式が手軽だと考えるのならば、そこには誤解があるように思えます。

 そこで、今回は、自筆証書遺言の作成から執行にいたるまでの、手間と費用について、公正証書遺言(民法第969条)を比較の対象としながら、検討してみることにしましょう。



1. 自筆証書遺言と公正証書遺言の違い
(1)形式上の違い
 自筆証書遺言とは、遺言者本人が、全文・日付を自書し、署名捺印した遺言です(民法第968条)。作成した遺言書には封印するのが一般的ですが、封印は法律上の要件ではありません(民法第1004条3項参照)。

 これに対し、公正証書遺言とは、公証人が、証人2人以上の立会いのもとに、遺言者から口授された遺言内容を筆記し、これを遺言者及び証人に読み聞かせ、署名捺印させるとともに、自ら署名捺印した方式の遺言です(民法第969条)。
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(2)実体法上の効力に違いがあるか?
 自筆証書の方式によるか、公正証書の方式によるかという形式上の違いから、遺言の実体法上の効力に差異が生ずることはありません。つまり、公正証書の方式で作成したからといって、そのこと自体によって、遺言に特別な効力が与えられるわけではないということです。

 例えば、遺言作成時点で遺言者に意思能力が欠けていたり、遺言内容が公序(民法第90条)や一定の法規定(民法第975条等)等に反していたりすれば、公正証書であろうが、自筆証書であろうが、遺言は無効です。逆に、遺言が有効である限り、その形式に関わらず、遺言に定めた財産処分(遺贈等)や身分行為(認知等)の内容を実現することが可能です。



2. 作成段階のコスト
(1)自筆証書遺言の場合
 自筆証書遺言を作成するのは、遺言者自身です。遺言者自身が文章を考えて、それを文書化するだけであれば、遺言書作成のための費用は、紙代くらいしか掛かりません。

 もちろん、弁護士や司法書士等の法律専門家に依頼して、遺言書を起案させることもできるでしょう。その場合には、契約による報酬を支払う必要があります。
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(2)公正証書遺言の場合
 公正証書遺言は、遺言者の嘱託(=依頼)に基づいて、公証人が作成します。

 もちろん、遺言者自身が、公証人に直接依頼して、遺言書を作成してもらうことも可能です。この場合には、遺言者が、予約を入れたうえで、必要書類(印鑑証明、戸籍、住民票、財産内容を証する書類等)を公証役場に持参して、遺言に盛り込んで欲しい内容を公証人に伝えます。

 しかし、専門家である公証人にとっても、遺言者の相続関係や財産状況を把握し、遺言者の意思を正確に文章にまとめることは、困難を伴うことがあります。よって、複雑な事情がある場合等には、遺言者が、公証人と何度も打合せを行う必要が生じるかも知れません。もし、そのような手間を省きたいのであれば、法律専門家に依頼して、遺言の起案や公証スケジュールの打合せ等を、遺言者に代わって行わせることも出来るでしょう。

 公正証書遺言を作成するためには、公証人に対する手数料を支払う必要があります。公証人手数料は、政令(=公証人手数料令)によって規定されており、全国一律です。例えば、8000万円相当の財産を一人に対して遺贈する旨の遺言書を作成した場合、公証人手数料は5万4千円です。

 これに加えて、法律専門家に起案等を依頼した場合には、契約による報酬を支払う必要があります。


(3)その他の費用
 自筆証書遺言にせよ、公正証書遺言にせよ、遺言の効力が発生する時(民法第985条)には、遺言者自身はこの世にいません。したがって、遺言者以外の誰かが遺言の内容を実行に移さなければなりませんが、このような役割を持つ者(=遺言執行者)を、予め遺言によって指定しておくことも可能です。

 法律専門家等を遺言執行者に指定する場合には、そのことに対する報酬(「遺言執行者就任予諾報酬」とでも呼ぶべきもの)を要することがあるかも知れません。というのも、遺言者から一方的に指定されただけでは、被指定者が執行者に就任しなければならない義務は生じないので、予め契約によって就任することを担保しておく必要があるのです。

 また、第三者(遺言執行者等)に遺言書を保管させる場合には、遺言書の保管報酬を要することがあるかも知れません。

 遺言執行者就任予諾報酬や遺言書保管報酬が必要かどうか、必要だとしてその額がいくらになるのかは契約によります。



3. 執行段階のコスト
(1)検認の必要性
 自筆証書遺言の保管者は、相続の開始を知った後、遅滞なく、これを家庭裁判所に提出して、その検認を請求しなければなりません(民法第1004条1項)。検認は、「審判」という裁判形式で行われる証拠保全手続きの一種です。遺言の内容を審査するものではありません。

 家庭裁判所に検認を申し立てる際には、所定の手数料と郵券を予納する必要があります。

 さらに、法律専門家に申立ての手続きを依頼する場合には、代理(弁護士)や代書(司法書士)の報酬を要します。報酬額は、契約によります。

 また、検認の審判を申し立てる際には、法定相続人全員を確定する必要があります。これは、遺産を承継しない相続人に対しても、検認に立会う権利を保障するためです(民法第1004条3項)。相続関係が複雑な場合等には、相続人確定に要する費用もばかにならないことがあります。

 これに対して、公正証書遺言に、検認手続は必要ありません。


(2)遺言執行者選任審判等
 自筆証書遺言の場合には、遺言執行者指定に関する記載がないことが往々にしてあります。

 遺言執行者の指定は遺言の要件ではないので、その記載がないとしても、遺言は有効に成立します。このことは、公正証書遺言にも当てはまるのですが、公正証書遺言において、遺言執行者を指定しない(又は指定し忘れる)ということは滅多にありません。

 理屈上は、遺言執行者がいない場合でも、一部の行為(民法第893条等)を除いて、法定相続人全員が共同して遺言を執行することが可能です。もちろん、相続人に不利な内容の遺言が行われた場合に、相続人がおとなしく遺言の執行に協力するとは限りませんが、これは事実上生じる問題です。

 遺言執行者がいない場合には、利害関係人の申立てにより、家庭裁判所の審判で、遺言執行者を選任することが出来ます(民法第1010条)。

 遺言執行者選任審判を申し立てる際には、審判手数料及び必要な数額の郵券を、家庭裁判所に予納する必要があります。

 さらに、この手続きを、法律専門家に依頼する場合には、契約による報酬を支払う必要があります。


(3)遺言執行報酬
 遺言執行者が遺言事務を執行した場合、その報酬を支払わなければなりません。このことは、遺言が公正証書によるものであれ、自筆証書によるものであれ、違いがありません。ただし、受遺者自身が遺言執行者となる場合等には、報酬を要しないことが多いでしょう。

 報酬額は、予め遺言中に執行者を指定しておくような場合には、遺言内容の一部として定めておいたり(民法第1018条1項但)、受遺(予定)者との契約で定めておいたりすることが出来ます。また、そのような定めがない場合でも、遺言執行者が、家庭裁判所に対して、報酬付与の審判を申し立てて、相続財産の中からこれを受け取ることが出来ます(民法第1018条1項、同法第1021条)。

 審判によって遺言執行者の報酬が定められる場合には、家庭裁判所が、相続財産の多寡やその他の事情を総合的に考量して、具体的な額を決定します。これに対して、報酬が、遺言内容の一部として定められたり、受遺(予定)者との契約で定められたりする場合には、その基準はありません。


(3)金融資産等に関する遺言執行
 遺言の実体法上の効力は、公正証書によるものであれ、自筆証書によるものであれ、差がないと前記しました。しかし、この理屈は、銀行等の金融機関に対して、すんなり通用するとは限りません。
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 例えば、受遺者が、銀行に対して、検認済みの自筆証書遺言にもとづいて、遺贈者名義の預金を解約するように請求した場合、銀行はどのような対応をするでしょうか?

 実は、銀行は、自筆証書遺言によっては、預金解約手続をすんなりとは行ってくれません。おそらく大抵の場合に、銀行の窓口担当者は、受遺者に対し、あらためて相続人全員で解約手続きに来るか、相続人全員の署名・捺印のある承諾書に印鑑証明書を付して解約手続きをするようにと告げるでしょう。

 もちろん、自筆証書遺言だからというだけの理由で、銀行が正当な受遺者からの解約の要求を拒絶する法的な根拠はありません。しかし、預金の名義人たる遺言者本人が死亡しており、その意思確認が取れない以上、銀行は、「正当な受遺者」であるかどうか知れない者からの請求に、易々とは応じないのです。このような銀行の対応は、銀行の順守すべき注意義務に照らして当然のことと言えます。

 ところで、ここで受遺者が、自筆証書遺言及び検認調書を提示していますが、これらの書類を確認することをもって、銀行は、十分に注意義務を果たしたことにはならないでしょうか?これらの書類から、銀行が、預金に関する権利関係を確認できるのであれば、受遺者からの預金解約請求を拒絶することは不当だということになりそうです。

 しかし、これら書類から銀行が確認できるのは、わずかに預金の名義人が死亡したという事実のみです。検認審判が行われたということは、家庭裁判所が、少なくとも遺言者死亡の事実を除籍謄本等によって確認したということを意味するからです。

 他方、自筆証書遺言の記載から確認できる事実は、何もありません。そもそも遺言書の検認とは、遺言書の内容の真偽や、成立の真否について、家庭裁判所が「お墨付き」を与えるような類の手続ではないのです。つまり、自筆証書遺言を見ても、それが誰によって作成されたものなのか、その内容が遺言者の意思に基づくものなのか等を、確認することにはならないのです。

 受遺者が、窓口で断られても諦めずに、支店や本部の責任者に対して食い下がっていけば、預金の解約に応じてもらえることもあるかも知れません。しかし、運悪く解約に応じてもらえなかった場合には、銀行相手に、預金の引き渡しを求める訴訟を起こすことになるでしょう。

 こうなれば、裁判所に対して所定の訴訟手数料や郵券を予納するのはもちろんですが、訴訟に関する手続きを弁護士に依頼する場合には、契約による報酬を支払う必要もあります。
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 他方、受遺者が、公正証書遺言にもとづいて、遺言者名義の預金解約を請求した場合、銀行は、通常、すんなりと解約手続きに応じます。これは、遺言書作成の際に、公証人が遺言者の本人確認や意思確認を行っているため、遺言の成立及びその内容の真否について信憑性が高いと考えられているからです。

 実体法上の効力が同じといっても、実務上は、自筆証書遺言と公正証書遺言の間には大きな差があるのです。


(4)相続・遺贈による不動産の所有権移転登記手続き
 遺言書の記載から対象不動産及びその承継者が確定できるのであれば、公正証書遺言であろうと、自筆証書遺言であろうと、登記手続きに差はありません。

 登記手続きのためには、法定の登録免許税を納める必要があります。さらに、登記手続きを司法書士に依頼する場合には、契約による報酬を支払う必要があります。



4. 遺言信託商品とは
 信託銀行の提供する「遺言信託」とは、遺言書作成、遺言書保管及び遺言執行等の一連の事務手続きを組み込んだサービスのことです。「信託」と名前がついていますが、遺言信託は、法律上の信託ではありません。

 遺言信託を利用した場合、遺言書は、公正証書によって作成されます。

 遺言信託は、自分の死後の財産管理を「丸投げ」したいという人にとっては、便利なサービスでしょう。ただし、便利な反面、サービス利用のための費用は、非常に高額ですので、注意する必要があります。



5. 遺言の作成方式選択について
 遺言者が亡くなってから、司法書士である私のもとに自筆証書遺言が持ち込まれて、それについて各種手続き(検認審判や執行者選任審判の申立て、不動産の相続・遺贈登記、金融資産の解約手続き等)を依頼されることがあります。
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 自筆証書遺言であっても、公正証書遺言であっても、実体法上の効力は同じなので、遺言が有効であるという前提のもと、その記載がきちんとしたものである限り、遺言内容を実現することは、可能と言えば可能です。しかし、自筆証書遺言の場合には、遺言内容を実現するまでの過程に手間を要することが多々あることは上に述べたとおりです。手間がかかるということは、当然、費用も余分にかかるということです。それでも、遺言者が既に亡くなってしまっているのであれば、手間をかけてでも遺言内容を実現することは必要なことです。

 これに対して、これから遺言書を作成しようとする(遺言者が生きている)のであれば、自筆証書か公正証書かという方式選択の問題は、遺言執行までの手間や費用の問題と併せて検討すべきものです。作成の手間と費用が安いからという単純な理由で自筆証書を選択すれば、結局は、手間も費用も余分にかかってしまうということだってあるからです。
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posted by 司法書士 前田 at 18:35| Comment(0) | 相続・遺言