2018年04月26日

ローファーの「かかと抜け」防止

気温が高くなって、ローファーを履くことが多くなりました。ローファーと言えば、かつて女子高生かオジサンの履物というイメージでしたが、最近は性別・世代を問わず人気です。
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(G.H.Bussのペニーローファー。定番中の定番。)

ところが、ローファーは、サイズ合わせが最も難しいタイプの靴です。紐がないうえに、履き口が広くかかとが浅いデザインであるために、サイズ数ミリの違いで、かかとがパカパカと抜けやすいのです。

スリッパみたいにローファーを履いて歩いている人をたまに見かけますが、とてもだらしなく見えます。まさにloafer「怠け者」ということです。そこで、今回は、簡単にできるローファーのかかと抜け防止対策を紹介してみましょう。



1 靴下を履く
くるぶしを出して革靴を履くのが流行していますが、裸足でローファーを履いてはいけません。裸足は、ローファーに限らず、革靴の作法に反します。
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(愛用のリーガル製ペニーローファー。靴下は緑色・・。)

ローファーのかかと抜けに関連して靴下を履くことの意味は、次の点にあります。

・靴下+裸足=正しい靴サイズ
・靴擦れ防止
・生地の摩擦による足の安定


2 反り(そり)を出す
ヒトの足は、歩行に際して、指のつけ根の辺りを中心として土踏まずのアーチと反対方向に屈曲し(=「反り」)ます。そして、靴も同じ構造をしています。つまり、歩きやすい靴というのは、足の動きにシンクロする靴ということです。
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(擦り減った靴底にハーフソール。・・反りが悪くなった。)

新しい靴は硬いので、履き下ろす前に、手で思いっきりグイグイと曲げ伸ばしする必要があります。これは、一見、乱暴ですが、やって構いません。靴はそういう扱いに耐えるように作られているのです。もちろん、お店の展示靴にやってはいけません。
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(グイグイ、グイグイ。)
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(グイグイ後・・。)

新品でなくとも反りの悪い靴にも、同じようにグイグイやれば、履き心地が劇的に改善することがあります。私のローファーのように、ゴム製のハーフソールで修理した場合、靴底が硬くなってしまうので、グイグイとやる必要があります。

反りが良くなれば、ローファーが足の動きにシンクロして、かかとが抜けにくくなります。


3 中敷きとパッドを貼る
足が前に滑ってしまうと、靴のかかとに隙間ができて抜けやすくなってしまいます。このようなときには、半サイズ(前側半分)の中敷きを貼るのがお勧めです。適度な摩擦と調湿性のある革製の中敷きがお勧めです。フルサイズの中敷きは、ただでさえ浅いローファーのかかとをさらに浅くしてしまうので逆効果です。

半サイズ中敷きを貼っても足が前に滑ってしまう場合には、タン(舌)部の裏にパッドを貼りつけるのもお勧めです。上下から足を押さえて固定するということです。
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(下に中敷き、舌にパッド。)

それでもかかとがパカパカ抜けてしまうという場合には、かかと部にパッドを貼り付けます。かかと部全体を覆うようにパッドを貼ると、靴内側の前後長が短くなってしまいます。そこで、前後長を変えたくないのであれば、かかとの左右にだけパッドを貼りつけるのが良いでしょう。かかとを左右からつまんで固定するイメージです。
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(かかとの内側にいろいろ貼ってあります。)

中敷きやパッド等の材料は100円ショップでも揃います。形や大きさが市販のものではシックリこない場合、ハサミで切る等して工夫してみてください。

パッドを貼った靴の内側はあまり美しくありませんが、だらしない歩き方をするよりは100万倍ましでしょう。また、以上の対策は、外反母趾や内反小趾の防止にも役立ちます。ローファーに限らず、無理して痛い靴を履いているのであれば、ぜひ試してみてください。
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(座敷に上がるときはちょっと恥ずかしいかもね。)



タグ:DIY おしゃれ
posted by 司法書士 前田 at 15:40| Comment(0) | 日記

2018年04月24日

ロードバイクへの道?(終点: 物欲の不思議)

5年前に神戸に引っ越してきて、六甲山を古いマウンテンバイクで走り始めました。山で他の自転車とすれ違ったり、追い抜かれたりしますが、皆ロードバイクに乗っています。「・・カッコいい。」
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(カッコいい・・けど、いらんわ。)

そこで、私も「ロードバイクを買おう」と思い立ったのが4年くらい前のことでした。そして、しばらくの間は熱心に展示車を見に行ったり、ネットで情報収集したりしていました。・・が、未だにロードバイクを買っていません。なぜか?

じつは、ロードバイクに飽きてしまったのです。ロードバイクばかり見過ぎて、新鮮味が失われてしまったのかもしれません。また、他人のロードバイクを脇目に見ながら、いつも乗っている古い自転車の良さを再認識することができたからかもしれません。何にせよ、もう、ロードバイクは必要ありません。

物欲が消える時というのは、そんなものです。いつも思いだすことがあります。

中学生の頃から「カタナ」というオートバイは私の夢でした。高校生の私はオートバイ少年になりましたが、乗っていたのは安い中古の不人気車で、カタナは高嶺の花でした。大学生のころ、私は、憧れのカタナを買うため、現場仕事を中心にアルバイトに精を出しました。

しばらくすると結構な額のお金を貯めることができましたが、結局、私はカタナを買いませんでした。アルバイトに費やした時間や、そこから得た経験を、高価な鉄のオモチャに代えてしまうことは馬鹿らしいと思うようになったからです。カタナはもう必要なくなっていました。
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(スズキのカタナ。カッコいい・・けど、いらんわ。)


ちなみに、その時私がアルバイトで貯めたお金は留学費用の一部に化けて、私の経験をさらに豊かにしてくれました。
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(2018年4月21日、六甲山の夕景。日が長くなった。)



posted by 司法書士 前田 at 14:18| Comment(0) | 自転車

2018年04月21日

会社の設立を考え直すべき理由

現行の会社法のもとでは、資本金1円でも株式会社を設立することができます。また、合同会社という有限責任の会社形態も選択することができます。株式会社を設立するのに最低資本金が1000万円も必要であった時代に比べると、会社設立に対するハードルはぐっと下がっているといえます。

当事務所でも「会社を設立したい。」という相談をよく受けますが、そんな相談者の話を聞いていると、会社設立には向いていないのではないかと思うこともしばしばです。そこで、今回は、会社設立を考え直した方がよい理由について考えてみましょう。

* 本稿で述べることは、会社以外の法人形態(社団法人、財団法人等)においても当てはまります。
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1 起業≠会社
起業しようとする人に最もありがちな勘違いは、起業することと会社を作ることとが同じというものです。

起業というのは、文字通り事業を起こすことです。つまり、物を作ったり、製品を仕入れて売ったり、サービスを提供したりすることを事業として(継続的な形態で)行うことが起業するということなのです。したがって、会社を作らず、個人で事業を起こすことも、立派な起業です。

一方、会社を設立するということは、会社法所定の一定の手続を履践することでしかありません。例えば、株式会社を設立する場合なら、定款作成、出資、役員選任、設立登記といった一連の手続を行います(会社法第2編第1章)。また、会社の設立自体は、事業実態がなくても行うことができます。つまり、会社とその事業とは別ということです。

そもそも、会社という制度は、大雑把に言えば、スケールメリットを利用するための仕組みです。ところが、起こしたばかりの事業で、いきなりスケールメリットを利用することは稀にしかありません。例外的なのは、すでに個人として事業拡大を成し遂げた人が会社設立する(個人事業の法人化)とか、会社の一部門を分社化(子会社の設立等)するとかいう場合くらいでしょう。


2 会社の設立・管理の費用
会社を設立するにも運営するにも結構費用がかかります。個人事業と比較して会社に特有の費用というのは、次のようなものでしょう。

ア 設立や変更等登記の費用
イ 税務・会計処理の費用
ウ 法人住民税
エ 年金・社会保険等の費用

まず、会社の登記をするためには登録免許税という税金を納めなければなりません。例えば、株式会社設立の登録免許税は15万円〜、変更登記は項目別に各3万円です。また、株式会社設立の前提として、定款を公証してもらう必要がありますが、この公証人手数料は5万円超、さらに定款に貼付する印紙は4万円分かかります。以上の他に、もしこれら一連の手続を司法書士に依頼すれば、その報酬を支払う必要があります。

そして、会社の税務・会計処理は、同規模の個人事業のそれよりも複雑です。もしこれを税理士や会計士等の専門家に依頼するのであれば、その報酬を支払う必要があります。

さらに、会社の場合、個人と違って、たとえ赤字であっても、毎年必ず法人住民税の均等割7万円〜を納める必要があります。

最後に、会社設立のメリットとしてあげられることの多い厚生年金や社会保険についても注意が必要です。これらは、従業員にとってメリットでしょうが、会社にとっては経費です。特に実質が個人事業と変わらないような会社の場合には、節税メリットを上回る経費が増えるだけという結果に終わることも多いのではないでしょうか。
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3 会社の5年生存率
私が以前勤務していた司法書士事務所で、その事務所が設立に関わってきた多くの会社に対して季節の挨拶状を一斉に送ったことがありました。すると、驚いたことに、半数くらいの挨拶状が、宛所不明として返送されてきてしまいました。

しかしこのことは、統計的には驚くことではないのです。というのも、ちょっと古いデータ(経済産業省2005年度「工業統計表」)によれば、設立された会社が翌年に存続している割合は79.6%、さらに翌年まで存続している割合はその87.6%、さらにまた翌年まで存続している割合はその90.0%、さらにまたまた翌年まで存続している割合はその91.0%、さらにまたまたまた翌年まで存続している割合はその92.2%、・・でしかないからです。つまり、新設会社の5年生存率は52.65%(=100×0.796×0.876×0.900×0.910×0.922)にすぎないわけです。この数字は、私自身の経験にも合致しています。会社を設立したまではいいが、比較的早いうちに事業を放棄してしまったという事例は枚挙にいとまがありません。

ところで、自然人の場合、その権利義務は、死によって相続承継されるなり消滅するなりが決定します。これに対し、会社について事業を終結してその権利義務を整理する(会社の「死」)ためには、正しく(法律の予定する方法で)は解散・清算又は破産という手続を経なければなりません。

そして、このようにして会社が「死」ぬのにも多額の費用がかかります。解散・清算ならば一連の登記、債権者保護手続、清算税務等のため、破産ならば申立代理人や管財人への報酬等のための費用は馬鹿になりません。

正しい方法で会社の事業を終結させた場合の多額の費用を嫌って、うやむやのままに事業を放棄する事例は後を絶ちません。正式でない会社の「死」の結果、登記記録には存在するけれども、実際にはすでに事業実体のない「休眠会社」が増加してしまったことは、商業登記制度における大きな問題の一つです。


5 まとめ
会社設立について、司法書士、税理士、社労士、コンサルタント等をはじめとする「専門家」は、そのメリットばかりを強調して設立を勧めるのが常でしょう。しかし、そのようにするのは、実は、彼ら「専門家」自身が会社の恩恵を最も受けるからに他なりません。つまり、利益相反関係のある「専門家」からのアドバイスというのは、じっくりと疑ってかかるべきということです。そもそも、彼らは、それぞれの分野(司法書士→登記、税理士→税務、社労士→労務、コンサルタント→他人の経営のダメ出し)の専門家ではあっても、責任を負って自ら経営することの専門家ではないのです。

もしあなたが本稿で述べたようなことを十分検討したうえでそれでも会社を設立すると決めたのであれば、それはきっと賢明な判断なのでしょう。事業の成功を祈るばかりです。


posted by 司法書士 前田 at 13:07| Comment(0) | 企業法務

2018年04月17日

「ひとにお金を貸してはいけない。」の意味

友人や知人からお金を貸してくれと頼まれたとき、義理人情のためか親切心のためか、深く考えずに貸してしまう人も多いのではないでしょうか。しかし、そんな親切が後のトラブルを引き起こしてしまうのは珍しいことではありません。そこで、今回は、ひとにお金を貸す際の注意点について考えてみましょう。
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1 なぜ「その人」はあなたのところにやって来たのか?
借金をするとき、普通ならば、銀行、クレジットカード、消費者金融を利用することを思いつくでしょう。その他に、借金の使いみちによっては、学生支援機構(奨学金)や社会福祉協議会(生活資金等)のような機関から低利での融資を受けることもできます。

それならば、なぜ「その人」は、上記のような機関にではなく、あなたに借金を申し込んできたのでしょうか?その理由は、大抵、次のア・イのどちらかでしょう。

ア 既に支払能力を超える借金がある
既にカードローンやカードキャッシングの融資枠を超えるほどの借金をしてしまって、普通の方法でこれ以上借金することができないような人は、その場しのぎで、友人や知人から借金することがあります。

冷たい言い方に聞こえるかもしれませんが、借金癖のある人にお金を貸しても、まともな返済を期待できません。あとで嫌な思いをしたくないのであれば、お金を貸すのはきっぱりと断りましょう。


イ はじめから返すつもりがない
借金しようとするときに、「うまい話」をする人にも注意すべきです。例えば、「アフリカの希少金属鉱山に投資したら儲かるので、3倍にして返すからお金を貸してくれ。」というようなものです。

しかし、本当に「うまい話」というのは、普通の人のところには決して巡って来ないものです。万が一その「うまい話」が本当ならば、他人になど話さずに、一人でこっそり儲けるのが道理です。つまり、「うまい話」をする人というのは、大抵は詐欺師か悪徳商売人です。


上記ア・イに当てはまらないケースもあるかもしれません。もちろん、私も、他人からお金を借りようとする人を、借金癖のある人か詐欺師のどちらかだとか決めつけるつもりはありません。ただし、当てはまらないケースについても、慎重に判断してください。



2 大切な相手に借金を申し込むか?
あなたがお金を貸すかどうかを悩む理由は、借金を申し込んできた「その人」を、大切に思う心があるからかもしれません。では、逆に、あなたなら、自分の大切な人に対して、借金を申し込むでしょうか?

正しい答えは「否」です。正常な精神の持ち主なら、大切な人を、お金のことであれ、他のことであれ、困らせるようなことをしないものです。つまり、「その人」があなたに借金を申し込んできたということは、@「その人」はあなたを大切に思っていない、又はA「その人」は正常な精神の持ち主ではない、ということを意味するのかもしれません。

もちろん、正常な精神の持ち主が大切な相手に対して借金を申し込むということも、あり得ないわけではないでしょう。ただし、非常に稀なことですので、慎重に判断してください。



3 貸すのではなく、あげることはできるか?
あなたが人並外れて気前がよく、かつそれだけの十分な資力があるのであれば、「その人」にお金を貸してあげても良いのかも知れません。あなたにとって、返済してもらえるかどうかという問題はさほど重要ではないのでしょうから。



4 本当に「その人」のためになるのか?
あなたがお金を貸せば、「その人」の目の前の問題は解決するのかもしれません。しかし、「その人」の根本的な問題の解決は遠ざかってしまうだけということが往々にしてあります。

頼まれたとおりにお金を貸すことが本当に「その人」のためになるのか、慎重に判断してください。
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今回は、当たり前のことばかりを書きました。貸し借りに限らず、お金のトラブルのほとんどは、その「当たり前」で防ぐことができるからです。



posted by 司法書士 前田 at 13:03| Comment(0) | 金銭トラブル

2018年04月11日

成年後見制度について(問題と展望)


「成年後見人を解任したい。」という相談を被後見人の親族から受けることがあります。別に珍しいことではありません。今回は、なぜこのような相談が生じるのかその背景を考えるとともに、成年後見制度の展望について私なりの考えを述べてみたいと思います。
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1 成年後見制度とは
(1) 制度の概略
成年後見制度とは、認知症等によって判断能力の十分でない人の保護のため、その法律行為や財産管理を円滑に行えるようにするための制度です。例えば、この制度を利用すれば、認知症になった人でも、施設への入所契約を行ったり保有財産の管理や処分を行ったりすることができるわけです。

広義に成年後見制度といえば、家庭裁判所の関与の度合いが大きい「法定後見制度」(=狭義の成年後見制度)と、私人間の契約を基礎とする「任意後見制度」とがあります。さらに、前者には、保護を受ける人の判断能力の程度に応じて、「後見」(=最狭義の成年後見制度)、「保佐」及び「補助」という3類型があります。しかし、任意後見制度の利用は相対的にそれほど多くはありません。さらに、狭義の成年後見制度のうちでも、8〜9割方は後見類型が利用されているのが実情です。そこで、本稿でも、特に断りがない限り、後見類型の法定後見制度、つまり最狭義の成年後見制度について話をすることにします。

成年後見は、判断能力を欠く常況にある人について、家庭裁判所が一定の親族等の申立てにより開始します(民法第7条)。そして、後見の開始とともに、この判断能力を欠く常況にある人(「成年被後見人」といいます。)に対して、法定代理人(「成年後見人」といいます。)が付されます(民法第8条)。これによって、成年後見人が、成年被後見人の法律行為を原則として全て代理して行えるようになるわけです。ただし、成年被後見人は、単独で(=代理人抜きで)、婚姻等の身分行為をすることはできるし、選挙権を行使することも日常の買い物も問題なく行うことができます。


(2) 親族後見人と専門職後見人
成年後見制度が始まったばかりのころは、家庭裁判所に対して親族の一人を後見人候補者として申し立てて、これがすんなり認められる(=候補者たる親族がそのまま成年後見人として選任される)のが常でした。ここで成年後見人になった親族のことを「親族後見人」とい呼びます。

しかし、最近では、後見人選任をめぐる事情は大きく変化しました。平成27年に選任された成年後見人のうち、親族後見人の占める割合は3割を切る程度にまで減少しています。残り7割は親族以外の第三者が後見人になるのですが、その大部分を占めるのが、多い順に、司法書士、弁護士、社会福祉士等の「専門職後見人」です。つまり、現在では、専門職後見人が親族後見人に優先して選任されるようになったというわけです。(平成28年9月23日「成年後見制度の現状」内閣府成年後見制度利用促進委員会事務局参考資料6)

このような変化があった理由は、親族後見人による「不正」が頻発したためです。ここでいう「不正」は、主に後見人による被後見人の財産の横領を指します。成年後見制度の利用が増えるにつれ、横領の被害額も増加し、例えば家庭裁判所が平成26年単年に把握した全国の成年後見人による被害金額だけで合計約56億7000万円に達したとのことです。同じ被害を事件数でみると、平成26年単年で831件の後見事件において不正が発覚したというのです。

もちろん、親族後見人だけが横領をするのではなく、専門職後見人も横領します。前段落のデータを親族後見人と専門職後見人とに分けて見ると、全体的な傾向が分かるでしょう。

被害額約56億7000万円のうち、90.1%が親族後見人による被害額で、9.9%が専門職後見人による被害額です。さらに、事件数831件のうち、親族後見人によるのは809件(事件数全体の97.3%)で、専門職後見人によるのは22件(同2.7%)です。これを1件当たりの被害額平均に換算すると、親族後見人約632万円に対して、専門職後見人約2545万円ということです。分かりやすくまとめると、次のように言うことができます。

「専門職後見人を選任した場合に横領等事件が起こる割合は、親族後見人を選任した場合に比して遥かに低い(100分の3未満)。しかし、専門職後見人が横領等した場合には、親族後見人が横領等する場合に比して被害がかなり大きい(約4倍)。」

しかし、「後見人は横領するもの」だと単細胞に誤解してはいけません。現在、継続中の成年後見制度(広義)の利用は約20万件もあるのです。つまり、20万人の被後見人が、この制度の支援を受けているということです。横領するような不徳な後見人は、親族であれ、専門職であれ、ほんの一握りに過ぎません。大部分の成年後見人は、まじめに後見事務を行っているということはきちんと認識すべきです。


(3) 不正防止の対策
上記に挙げた平成26年をピークに、以降、成年後見人による不正は減少しています。不正防止のために行われている対策が、一定の成果をあげていると評価することも出来るでしょう。主な対策を紹介してみましょう。

対策1: 専門職後見人の選任
上記(2)のとおり、近年、専門職後見人が選任される比率が高くなってきました。法律等の専門家だから不正を行わないというわけではありませんが、専門職後見人にとって不正防止の動機付けが大きいことは当然です。仮に専門家が不正を行えば、刑事訴追されて実刑を受ける可能性が高いうえに、自身の生活の糧である資格も信用も失ってしまうわけですから、そんなリスクを冒してまで横領する専門家は稀ということです。

対策2: 成年後見監督人の選任
親族後見人が選任され、かつ、横領されやすい財産(現預金)が多い場合、後見人のお目付け役として「成年後見監督人」が付されることが多くなりました。成年後見監督人には、通常、司法書士や弁護士が選任されます。

成年後見人は、定期的(年1回)及び必要に応じて家庭裁判所に事務報告しなければなりません。つまり、家庭裁判所は、事務報告を通じて後見事務の適正を監督するわけです。しかしながら、このような監督方法は受動的で、きめ細かい監督を行うことができません。仮に後見人の不正があっても、家庭裁判所がそれを見過ごしたり、欺かれたりするかもしれません。

そこで、家庭裁判所の監督機能を強化するために選任されるのが成年後見監督人です。成年後見監督人は、専門家の目で、臨機応変に後見事務を監督し、時には後見人に助言したり、後見人と被後見人の利益が相反する行為の代理を務めたりもします。

対策3: 成年後見制度支援信託の利用
親族後見人が選任され、かつ、横領されやすい財産(現預金)が多い場合には、「成年後見制度支援信託」が利用されることも多くなりました。

「信託」の意味についてはここでは説明を省略しますが、成年後見制度支援信託とは、大雑把に言えば、被後見人の生活にとって通常必要でない現預金の大部分を信託銀行に預けてしまうという仕組みです。例えば、預金を10億円持っている被後見人にとって、1年間に必要な生活費が300万円でしかないのだとしたら、当面必要のない残りの9億9700万円を信託銀行に預けてしまうわけです。

信託された預金を利用するには、信託契約の中に予め用途、金額、支払時期等が定められているか、又はその都度家庭裁判所の指示を仰ぐ必要があります。つまり、後見人が信託財産に手を触れることができなくなれば、横領される危険もないというわけです。



2 成年後見人と被後見人の親族との不和について
(1) 成年後見制度を利用するきっかけ
成年後見制度は、被後見人たるべき本人が抽象的な法文上の要件(「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況」民法第7条)に該当するようになったからと言って、当然に利用(=家庭裁判所への申立て)されるものではありません。

利用の契機となる典型的ケースを挙げてみましょう。イメージしやすいように、「精神上の障害により事理を弁識する常況」を「認知症」と置き換えて単純化してみますが、もちろん認知症に限られるわけではありません。

ケース1: 相続問題
遺産分割する必要があるが、共同相続人Aは、認知症のため協議することができない。

ケース2: 財産処分
認知症の親Aを介護施設に入れるにあたって、費用捻出のためAの資産の一部を換価したり、介護保険契約や入所契約を有効に結んだりしなければならない。

ケース3: 財産処分
認知症の親Aのために、子Bがその預金を解約しようとしたら、Aが認知症であることを知った銀行が口座を凍結してしまった。

ケース4: 親族間の財産争い
認知症のAの財産を、近所に住む親族Bが勝手に占有し自己のために勝手に使用している。他の親族Cらはこれに不満をもっている。

ケース5: 孤独
高齢者福祉担当の市職員Bが身寄りのない一人暮らしのA宅を訪問すると、Aの認知症が進行し、このまま生活を続けることが著しく困難であることが判明した。


(2) 不和はなぜ生じるのか?
上記ケース5を除いて、一般的に、成年後見制度を利用しようとする親族の動機は、目の前にある具体的問題を解決することにあります。そして、その問題解決のために利用可能な選択肢が成年後見制度だけであるということも少なくありません。それならば、成年後見人は、親族に有り難がられる存在であるはずです。ところが現実には、冒頭の相談のように、親族から「成年後見人を解任したい。」という発言が出てくることがあります。なぜでしょう?

このことは別に矛盾ではありません。というのも、被後見人の親族は、目の前の一回的問題を解決したいだけであることが少なくありませんが、成年後見制度というのは、被後見人が死亡するまでの継続的な財産管理を目的とする制度であるからです。つまり、制度利用の具体的動機と、その制度趣旨が全く違うのです。目の前の問題が過ぎてしまった後にも居残っている成年後見人が、親族にとっては邪魔者に見えてくることがあっても不思議ではありません。

さらに、もともと被後見人の財産をめぐって親族間に争いのあるケース4のような場合には、専門職後見人が親族の憎しみの対象になってしまうことも少なくありません。

また、専門職後見人は、仕事として後見事務を行っているのですから、当然報酬を取るのですが、この報酬は、「報酬付与の審判」という家庭裁判所の決定によって、被後見人の資産の中から支払われます。誤解の多いところですが、専門職後見人が管理する被後見人の財産から、好き勝手に報酬を取って(「お手盛り」)いるわけではありません。しかし、親族にとっては、この報酬の仕組みも、専門職後見人に対する怨嗟の原因になることがあります。



5 成年後見制度の問題点
以下、成年後見制度について私が不満に思っていることを挙げてみましょう。

(1) 重厚長大な制度
例えば、認知症の共同相続人が関わる遺産分割のような場合(上記ケース1)、成年後見制度を利用する他に適切な(=違法・脱法でない)選択肢がありません。しかし、現実には、管理されるべき本人の財産がわずかしかないとか、親族が十分満足にに本人を事実上「後見」できているとか、本人の実情に沿った臨機応変な解決が図れないとかいった様々な理由で、成年後見制度を利用するのが妥当でないと思われることが多々あります。成年後見制度が重厚長大過ぎて、使いづらいということです。


(2) 家庭裁判所の監督機能の不備
不正が起こってしまう原因を不徳な成年後見人の側にだけ求めるのは、一方的だと思います。成年後見人は、不正の誘因に囲まれており、成年後見制度に十分な不正防止機能が当然に備わっていて然るべきなのです。ところが、この制度は、制度設計においてもその運用においても、性善説にもとづいているように思われてなりません。

成年後見制度の利用は、右肩上がりで増え続けています。大雑把に言えば、毎年新たに約1万人ずつ成年後見制度(広義)の利用者が増えています。そして、一旦利用が開始されると、基本的には利用者が亡くなるまで継続します。これに対して、制度運営を監督すべき家庭裁判所の人員はそれに釣り合うだけ増員されることはまずありません。

専門職後見人や成年後見監督人の選任を増やすという最近の傾向も、意地悪な見方をすれば、家庭裁判所の監督機能不足を、被後見人の負担で補っているとも解することができます。


(3) 後見人の担い手不足
司法書士、弁護士、社会福祉士等の専門家にとっても、親族とのトラブルに巻き込まれる可能性の高い後見事務は、引き受けるのに勇気のいる仕事です。さらに、被後見人の財産状況によっては、専門職後見人の報酬がほとんど出ないボランティアのような仕事になってしまうことも少なくありません。

近年、市民のなかから後見人としての人材を育成する「市民後見推進事業」が自治体規模で行われるようになりました。しかし、これも意地悪な見方をすれば、後見事務の負担を善意の市民に押し付けていると解されなくもありません。


(4) 費用
現在、成年後見制度の利用のための費用(申立費用及び後見人報酬)を公費で援助する仕組み「成年後見制度利用支援事業」を実施する自治体が全体の約8割を超えています。つまり、資産のない本人も成年後見制度を利用しやすくなりつつあるということです。

とは言え、成年後見制度の利用が本人負担であることに変わりありません。さらに、専門職後見人が付された後見事件においては、被後見人本人の負担は決して小さいものではありません。上記のように、成年後見人に対する報酬は家庭裁判所が決定し、資産の規模や個別事情に応じて一応の相場が形成されているため、被後見人を害するような不当な報酬が支払われるということはありません。

しかし、誰しも判断能力が衰えたり失われたりする可能性があるのに、その解決を原則各人負担とすることが制度として妥当なのか、考え直す必要があると思うのです。


(5) 他の制度的選択肢(任意後見制度、信託)
成年後見制度(狭義)の「不便」を問題として、任意後見制度や民事信託を推奨する自称「専門家」達がいます。これら各制度の内容について本稿では説明を省略しますが、私は、成年後見制度以上に不正の温床になりやすく、監視機能の欠けているこれらの利用を、現状のままでは誰に対しても勧める気にはなりません。

そもそも、ここで成年後見制度の「不便」として語られるのは、保護されるべき本人の「不便」ではなく、親族の都合であることが常であるように思います。また、推奨している「専門家」たちも、本人の利益を思ってそうしているのではなくて、頭の中で自分の算盤をはじいているだけのように見えます。



6 展望
(1) 法的選択肢の拡充
判断能力を失ってしまった本人が、法律行為を有効に行うためには、現在、成年後見制度を利用することがほとんど唯一の選択肢です。ところが、成年後見制度は、一回的な法律行為のための制度ではなくて、包括的かつ継続的な財産管理の制度です。このため、目の前の法律問題を解決するという目的のためには、成年後見制度が重厚長大に過ぎると感じることが少なくありません。

思いつきに過ぎないと叱責されるかも知れませんが、家庭裁判所の関与のもとに一回的な問題解決に適するような特別代理人を選任するような仕組みがあればと思います。親権者と子の利益が相反する場合に特別代理人が選任される(民法代826条第1項)のと同じようなイメージです。


(2) 後見監督事務のIT化、AI化?
成年後見制度に対する家庭裁判所の監督機能は不足しています。この不足を補うため、専門職後見人の選任が増加し、成年後見制度支援信託の利用が促されることとなりました。しかし、家庭裁判所は、監督機能不足の問題を解決したというよりは、つまるところ、これを被後見人本人に押し付けただけなのではないでしょうか。専門職後見人の報酬も、成年後見制度支援信託利用のための費用も、結局は被後見人本人が負担するのですから。

だからと言って、私は、単に家庭裁判所の後見部門の人員を増やせばよいとは考えていません。というのも、財産管理という事務は、IT(情報技術)やAI(人工知能)と非常に親和性があると考えるからです。外部者である私が言うのもおこがましいことですが、家庭裁判所が後見監督事務をIT化する余地は無限にあるように見えます。

一例として、成年後見事務を扱う司法書士でつくる公益社団法人リーガルサポート(私自身は会員ではありません。)は、会員からの同法人に対する後見事務報告(家庭裁判所への報告の事実上の前審査に相当)を独自のオンラインシステムを用いることによって省力化・自動化しています。同システムでは、不正が疑われるような事案も、データ間の齟齬からすぐに探知されてしまいます。

リーガルサポートの存在自体に議論のあるところですが、家庭裁判所が後見監督事務をIT化するうえで同法人の取り組みをモデルとすることができるでしょう。裁判事務をオンライン化するという発想に対しては、紙至上主義の人達からの拒絶反応が予想されますが、そんなものは時代錯誤だと思います。コンピューターの方が人よりも優れているような分野の仕事は、コンピューターにさせるべきです。


(3) 成年後見制度支援信託の利用拡大
さきに紹介した成年後見制度支援信託というのは、法律上の制度ではなくて、家庭裁判所の実務上の取扱に属する制度です。現在、成年後見制度支援信託は、親族後見人が選任され、かつ横領されやすい形態の積極財産(現預金)が一定額(1200万円程度)を超える場合、利用されています。

私は、この制度を専門職後見人が選任された後見事件にも積極的に適用すべきだと考えます。専門家だからと言って、被後見人にとって通常必要のない額の財産を手の届きやすいところ(普通預金や定期預金)に置いておいて良いということにはならないからです。それに、一旦、専門家が横領すると、その被害額は多額になる傾向があることは前記した通りです。

成年後見制度支援信託の利用を広げることは、家庭裁判所の運用を変更するだけで簡単にできることです。ただし、そのためには、費用をもっと下げる必要もあるでしょう。

ここで、費用というのは、主に信託契約時に一時的に選任される専門職後見人の報酬のことです。成年後見制度支援信託を利用する際には、法律の専門家でない親族後見人が信託という複雑な契約を結ぶのは困難であることから、親族後見人に追加して一時的に専門職後見人が選任され、信託すべき財産の規模や契約内容を精査し、信託契約だけを代理します。 そして、この報酬の相場は、30万円〜と言われています。もちろん、この報酬も家庭裁判所が決定するので、別にお手盛りではありません。しかし、私には、信託契約を行うという型通りの事務をするのに、30.万円〜の報酬を取るほどの手間がかかるとは到底思えません。

仕事でやっている以上専門家が報酬を取るとこは当然だと思いますが、成年後見制度は被後見人のための制度であるということを忘れてはいけません。成年被後見人に、不正防止の費用を転嫁するという発想がおかしいと思います。

他方、信託銀行に支払う信託報酬は、銀行にもよりますが、既に利用を普及させるに十分な程度に低廉であると思います。振替を行うのが主な事務ですから、報酬もそれに見合う程度です。


(4) 少子・高齢化:赤の他人が支えあう社会
国民が全体として若く、大勢の親族たちが限られた地域に集まって生活するのが普通であるような社会においては、判断能力の衰えた本人を親族の誰かが事実上「後見」して、それでなんとなく全て丸く収まってしまうことでしょう。しかし、残念ながら、現在の日本はそのような社会ではありません。少子化と高齢化は、今後も数十年間は進行する見込みです。それに伴って、判断能力が衰えたにもかかわらず誰にも頼ることのできない高齢者もますます増えていくことでしょう。成年後見制度の出番も増えるわけです。

さらに、上記のように、現在、専門職後見人は、親族後見人の倍以上選任されるようになりました。不正防止という動機を除いても、赤の他人が赤の他人を後見するということは、将来的には当たり前になっていくでしょうし、そうならざるを得ないと思います。

ところで、現在の成年後見制度は、個人の行為能力を補うためのものでしかなく、その利用負担も当の個人にかかってくるような考え方にもとづいて設計されています。つまり、極端な言い方をすれば、ある程度の資産を持っている人を利用者として想定しているわけです。

しかし、少子化と高齢化が進んだ社会を見据えたときに、制度の想定する利用者はもっと広くあるべきでしょう。私は、成年後見制度は、介護保険制度などと同じく、社会保障の一つとしてきちんと位置づけられるべきと考えます。判断能力の低下や喪失という事態は、誰にでも高い頻度で起こりうることなのですから、国民全体でその危険を負担し合うという社会保障の考え方にもとづいた制度にすることが妥当だと思うのです。
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7 私(司法書士)自身の成年後見制度とのかかわり
私は、成年後見の申立事件や継続事件に関する書類作成を受託することは多々ありますが、実は、誰の後見人にもなっていません。今後も、この制度が大きく変わらない限り、後見人になるつもりはありません。私が後見人にならない方針であるのは、現状の成年後見制度について、本稿で述べたようないろいろな不満を持っているからです。

その一方で、私は、成年後見制度が日本の社会保障において大きな役割を果たすような制度に成長することを夢に見ています。私自身にも、私の大切な人たちにも、いつか判断能力が無くなってしまう日が訪れるかもしれません。その時には、呆けた私達が安心して暮らせる社会になっていたらと切に願っているのです。


posted by 司法書士 前田 at 19:36| Comment(0) | 成年後見