2018年08月06日

配偶者居住権等の創設について(平成30年民法相続関連規定の改正)


今般の相続法改正により、夫婦の一方が亡くなった際、他方配偶者が遺産たる自宅不動産に居住するための権利が強化されました(2020年4月施行見込)。そこで、今回は、この新制度を概観してみることにしましょう。
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1 配偶者居住権等とは
(1) どのような状況か?

改正の意味を理解するため、次のような単純化した事例を考えてみます。

事例:
「甲乙夫婦が甲の所有する不動産(以下、「自宅不動産」という。)に居住していたところ、甲が先に亡くなってしまいました。夫婦に子供がおらず、甲の親も既に他界していたため、相続人となったのは、妻乙と(民法第890条)、甲とは犬猿の仲にあった兄丙(民法第889条第1項第3号)の2人です。甲の遺産は自宅不動産くらいで、現金も預貯金もほとんどありません。乙自身にも目ぼしい財産は有りません。乙は、自宅不動産に住み続けることを望んでいます。一方、丙は、相続分(4分の1)に見合う金銭での一括補償を主張して一歩も譲りません。」

当事者の話し合いによる遺産分割協議が決裂してしまった場合、家庭裁判所の遺産分割審判による解決を図ることになるでしょう。この事例においては、審判で自宅不動産の換価競売が命ぜられて、その売却益を法定相続分通りに分割することになるでしょう。しかしそうなれば、乙は住み慣れた自宅から追い出されることになり、実情に沿った「公平」な解決と言えるかどうかは疑問です。

また、遺産分割が成立するまでに長い期間を要すれば、その間、乙が自宅不動産について不安定な権利関係を強いられてしまうのも困った問題です。

今回創設された配偶者居住権等は、このような状況に対応するための制度です。


(2) 配偶者居住権
配偶者居住権(新民法第1028条第1項等)は、原則として終身の期間(=死ぬまで)、生存配偶者が無償で自宅不動産を使用収益することができる権利です。

配偶者居住権は、無償であるという点、譲渡できないという点、生存配偶者の死亡によって消滅するという点、登記請求権があるという点等が特徴的ですが、建物賃借権に類似しています。

配偶者は、次の3つの方法によって配偶者居住権を取得することができます。

ア 遺産分割協議
イ 遺贈
ウ 遺産分割審判

遺産分割協議や遺贈によって配偶者居住権を設定できるというのは、権利の性質上当然のことです。これに対して、遺産分割審判(ウ)により他の共同相続人の反対を押し切ってでも設定しうる(新民法第1029条)としたところは画期的です。


(3) 配偶者短期居住権
配偶者短期居住権(新民法第1037条第1項等)は、主に相続開始から遺産分割協議成立までの期間に限り、生存配偶者が無償で自宅不動産への居住を継続することができる権利です。建物の使用借権に類似します。

配偶者短期居住権は、法定の要件を満たせば自動的に成立する権利であって、特に合意や契約を必要としません。これに関する規定は、次の判例を昇華したものと言えます。

判例(最判平成8年12月17日):
「共同相続人の一人が相続開始前から被相続人の許諾を得て遺産である建物において被相続人と同居してきたときは、特段の事情のない限り、被相続人と右同居の相続人との間において、被相続人が死亡し相続が開始した後も、遺産分割により右建物の所有関係が最終的に確定するまでの間は、引き続き右同居の相続人にこれを無償で使用させる旨の合意があったものと推認されるのであって、被相続人が死亡した場合は、この時から少なくとも遺産分割終了までの間は、被相続人の地位を承継した他の相続人等が貸主となり、右同居の相続人を借主とする右建物の使用貸借契約関係が存続することになるものというべきである。」

ただし、改正により規定されたのは「配偶者」短期居住権であるため、配偶者以外の同居相続人の居住権限については、改正法施行以降も、上記判例等にもとづいて居住権有無や代償要否等を具体的に判断する必要があります。




2 特別受益に関する改正
相続人が被相続人から遺贈又は贈与を受けた場合、当該相続人の相続分を計算するにあたって、当該遺贈等にかかる財産価値を遺産価値に含めて計算することを「特別受益の持戻し」と呼びます。これは、遺贈等の利益を享受した相続人と、それ以外の共同相続人との間の不公平を是正するための制度です。

従来から、この特別受益の持戻しについては、被相続人の意思表示(遺言等)によって適用を除外することができました(民法第903条第3項)が、持戻しが原則で、その適用除外は「持戻し免除の意思表示」をした場合の例外です。

今回の改正においては、限定的ですが特別受益の持戻しの適用について原則と例外が逆になります。すなわち、「婚姻期間が20年以上の夫婦の一方である被相続人が、他の一方に対し、その居住の用に供する建物又はその敷地について遺贈又は贈与したときは、当該被相続人は、その遺贈又は贈与について・・(特別受益の持戻し)を適用しない旨の意思を表示したものと推定する。」(新民法第903条第4項)との規定が新設されました。「推定」されるだけの持戻し免除の意思表示を、反証によって覆すことは可能です。反証できれば、の話です。

結局、配偶者に自宅不動産を遺贈等したとしても、そのことによって他の遺産に対する当該配偶者の取り分が減ってしまうという不都合な結果は、この規定によって回避されることになるでしょう。

しかし、改正にも拘わらず、持戻し免除規定が適用されるのが婚姻期間20年以上の配偶者に限定されてしまったことについては批判も多いところです。つまり、改正法の施行後であっても、相続開始までの婚姻期間が20年に届かないことが予想されるとか、配偶者以外の推定相続人に遺贈等したいとかいう場合、遺言等によって持戻し免除の意思表示を明確にしておく必要性は依然として高いのです。



3 注意事項
配偶者居住権という新たな権利概念ができるからと言って、遺産分割でこれを定めることには改正法施行後も慎重になるべきでしょう。というのも、所有権から配偶者居住権を分離することで、相続紛争とは別の紛争の種を蒔いてしまうことになるかもしれないからです。不動産の権利を分属させることには、一般的に言って相応のリスクが伴うものです。

よって、至極当然のことですが、遺される家族(配偶者に限りません。)が安心して暮らしていけるように、予め紛争を想定して生前から準備(遺言等)しておくことが理想でしょう。配偶者居住権というのは、万策尽きたときに仕方なしに利用するものだと思います。





posted by 司法書士 前田 at 18:20| Comment(0) | 相続・遺言

2018年07月11日

自筆証書遺言に関する法改正(遺言書保管等制度の創設について)


私は、これまで、遺言を検討している依頼者に対して、自筆証書遺言を勧めることはあまりありませんでした。というのも、自筆証書遺言は、作成・保管段階での問題の他に、執行段階での困難を伴うことが多いと考えていたからです。執行段階(=遺言者死亡後)まで見据えれば、公正証書の方が関係者(遺言者、相続人、受遺者、執行人)にとって多くの場合に有益であったということです。

ところが、今般、相続法の改正(以下、「改正民法」という。)に併せて、「法務局における遺言書の保管等に関する法律」(以下、「遺言書保管法」という。)が成立しました(現時点で施行日未定)。この法改正は、従来の自筆証書遺言の短所の多くを改善する内容のものです。これで私も、自筆証書遺言に対する考えを改めなければいけません。
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1 遺言書保管法の概略
(1) 立法の理由
社会の高齢化が進展するにつれ、相続紛争の防止という課題が重要度を増しています。

遺言書保管法は、自筆証書遺言の紛争防止手段としての利便性を高めるため、遺言書の保管及び情報管理の制度を創設するとともに、当該遺言について家庭裁判所の検認(民法第1004条第1項)を要しないこととする特例を定めています。


(2) 自筆証書遺言の保管制度
遺言の保管に関する事務は、「遺言書保管所」(=法務大臣指定の法務局)において、「遺言書保管官」(=法務局長指定の法務事務官)が行います。

遺言者は、管轄地の遺言書保管所の遺言書保管官に対し、遺言書の保管を申請することができます。管轄は、遺言者の住所若しくは本籍又は所有不動産の所在地を基準とする中から選択することができます。

ここで保管申請する遺言書は、無封のものでなくてはなりません。これは、遺言書の画像データを保存するためであって、その内容を確認するためではありません。遺言書保管官には、遺言書の内容を審査するような実質的権限はありません。ただし、形式的要件(民法第968条)の不備については、申請時点で遺言書保管官から指摘されることも多いでしょう。したがって、些細な理由で遺言が無効になるという事態は、これから減少するかも知れません。

また、この申請は、必ず遺言者本人が保管所に出頭して行う必要があり、代理人によることはできません。これは、遺言書保管官が、遺言者の本人確認を行うためです。さらに、遺言の保管申請を撤回(注:遺言の撤回ではない。)する場合にも、本人が出頭して行わなければなりません。

遺言書は、その原本が遺言書保管所に保管されるのに加えて、次の情報がデジタルデータとして登録されることになります。

・遺言書の画像情報
・遺言作成年月日
・遺言者の氏名、生年月日、住所及び本籍(国籍)
・受遺者及び遺言執行者の氏名(名称)及び住所

遺言者が死亡すると、その相続人、受遺者、遺言執行者等一定範囲の者(「関係相続人等」)は、遺言書保管官に対し、上記事項を証する書面(「遺言書情報証明書」)の交付を請求することができます。この請求については、どこの遺言書保管所(管轄に関係なく)の遺言書保管官に対しても行うことができます。

保管制度を利用した遺言書について、家庭裁判所の検認は行われません。これは、保管申請の際、遺言者の本人確認が行われるとともに、遺言が申請時の状態まま保存されており、証拠保全として検認よりも優れているからです。

遺言の執行は、遺言書の原本ではなくて、遺言書情報証明書によって行うことができるようになります。例えば、遺産たる預金債権の払戻のためには、金融機関に対し、戸籍等とともに遺言書情報証明書を提出すればよいということです。

また、遺言書保管官は、遺言書情報証明書の交付等を行ったときは、速やかに遺言書が存在する旨を相続人、受遺者、遺言執行者に通知します。これにより、遺言執行の停滞を防ぐ効果も期待されます。



2 自筆証書遺言に関する改正民法の規定
自筆証書遺言は、全文を自書する必要があります。このとき、遺言に定める財産処分の内容は、具体的かつ網羅的に記載することが好ましいのですが、遺言者の手が震えたり、誤記したり、必要十分な記載方法に馴染みがなかったりといった一見些細な理由により、自書するのが困難なことがあります。

そこで、今回の改正では、自書の要件を一部緩和し、ワープロ打ちの財産目録が認められることとなりました(改正民法第968条第2項)。



3 公正証書遺言の役割縮小
自筆証書遺言の保管制度の運用が開始すれば、公正証書遺言の役割は相対的に縮小するでしょう。

もともと、実体法上、自筆証書で作成されようと、公正証書で作成されようと、遺言の効力に差はありません。これまで、自筆証書遺言に比べて公正証書遺言が優れていた点は、形式要件の不備による無効を来し難いこと、保管が確実であること、探索が容易であること、内容に疑義が少ないこと、執行が容易であること等でした。しかし、これらについても、今回の法改正により自筆証書の使い勝手は格段に良くなるはずです。自筆証書遺言と公正証書遺言の実務上の差は、小さくなると言えるでしょう。

もっとも、保管制度創設の目的である相続紛争の防止という効果は、自筆証書遺言が使いやすくなるということから単純に導かれるものでないことには注意すべきです。紛争防止のために公証人の知恵と工夫を必要とすべき場面は今後も無くなりはしないでしょう。





posted by 司法書士 前田 at 17:42| Comment(0) | 相続・遺言

2018年06月08日

「所有者不明土地問題」を読む


1 「所有者不明土地問題」への注目
昨年(2017年)、有識者によって「所有者不明土地問題研究会」が結成され、1年に満たない間に最終報告書(以下、「報告書」という。)をまとめました。「所有者不明土地」について、初の網羅的な研究報告です。

報告書:http://www.kok.or.jp/project/pdf/fumei_land171213_03.pdf

報告書によれば、「所有者不明土地」が、現時点で全国合計約410万haの規模に達しているとのことです。これは、九州本島の面積に匹敵します。さらに、このまま何の対策も取られなければ、2040年までには「所有者不明土地」が約720万haの規模にまで拡大するというのです。

報告書は、広大な「所有者不明」の国土が日本経済成長の妨げになると警鐘を鳴らします。



2 「所有者不明土地」?
さて、報告書で問題とされている「所有者不明土地」とは、どのような土地のことを指すのでしょうか?

相続が生じても、遺産たる土地の相続登記が行われないまま放置される事例は、後を絶ちません。放置期間が長くなれば、ネズミ算式に相続人が増えて、遺産分割が困難な事態を生じてしまいます。

土地の相続手続きが放置される主な理由は、@「誰も遺産たる当該土地を欲しがらないこと」と、A「当面の当該土地の利用に支障がないので放置し続けてしまったこと」のどちらか又は両方にあると考えられます。

地租改正を契機とする近代的な土地所有制度が誕生して以来、このような事象がじわじわ広がっているという認識は、司法書士の間では「困難相続登記」の問題としてお馴染みです。そのような司法書士的先入観のメガネを通して見ると、「所有者不明土地問題」は、困難相続登記問題と同じものであるかのように思われます。

しかし、報告書によれば、「所有者不明土地」とは、「不動産登記簿等の所有者台帳により、所有者が直ちに判明しない、又は判明しても連絡がつかない土地」のことを指すと定義されています。つまり、「所有者不明土地」は、困難相続登記の問題が対象とするような土地に限らず、所有者連絡先不明まで含んだ多種多様な土地を指すわけです。

この定義は、あまりに広範過ぎるのではないでしょうか。

よほど極端な例を除けば、大抵の土地は、登記記録や戸籍を辿って、現在の権利者(所有者、共有者、相続人等)を割り出すことができます。つまり、厳密な意味で土地が「所有者不明」になるということは稀なのです。

困難相続登記事案の場合、権利者を特定することは困難ながら可能です。しかし、相続対象になる土地の最終的な帰属が決められないのです。おそらく、報告書においても、「所有者不明土地問題」の中心は、ここにあるように思われます。これをより正確に言うなら、「土地所有権の承継不全」の問題ということです。

他方、連絡先不明というのは質が違います。これは、行政の情報管理に属する問題です。そして、その解決も、主に技術的な性質のものでしょう。複数の行政機関の保有する情報の共有化や効率的利用を考えればよいということです。

「所有者不明」の定義が、このように異質のものを一緒くたにしていることに気づくと、報告書で議論されている論点もかなりぼやけて見え始めます。さらに、410万haなり720万haなりの「所有者不明土地」が具体的に何を指すのかも良く分からなくなってしまいます。承継不全の土地はその中の一部でしょうが、残りの広大な土地は何のために含まれているのでしょう?誇張のためでしょうか?



3 問題解決の方向
問題の対象を、土地所有権の承継不全に絞れば、その最終的な解決のためには、原因(上記2の@及びA)に合わせて、次のような制度を準備する必要があると思います。

ア 土地所有権放棄及び放棄地管理のための制度
イ 共有者の一人が単独所有権を取得する制度

まず、所有者(又はその相続人)が正しくない方法で要らない土地を事実上捨ててしまうことが、承継不全を生じる一因です。ならば、正しく所有権を放棄する制度を準備することが問題の解決になるはずです。

現行法上、共有持分の放棄(民法第255条)や相続放棄(民法第939条)等の規定はあるものの、所有権の放棄についての直接の規定はありません。ただ、明文規定はなくても、所有権も当然に放棄することができると解されており、放棄された不動産は国庫に帰属することになります(民法第239条第2項)。ところが、国庫帰属のための制度といえるようなものは存在しません。

よって、ここでの課題は、放棄された不動産を受け入れて管理(希望者には譲渡や利用権設定)する制度をつくることです。欧米には、モデルとすべき制度が既にいくつか存在しています(参考:「土地を放棄できる国ドイツ」2018年5月24日朝日新聞デジタル)。

次に、利害関係の薄い多数の相続人の中に行方不明や行為能力喪失者が生じた等の理由のために遺産分割が事実上不可能になってしまったような事案に対しては、どのような解決が考えられるでしょうか?

現行法上、遺産共有の状態を解消するためには家事事件としての遺産分割(民法第907条第2項)、物権共有状態を解消するためには民事事件としての共有物分割(民法第258条第1項)と、手続きが二分されています。しかし、長期に渡って所有権の承継不全が定着してしまった状態は、遺産共有というよりは物権共有に近いようにも考えられます。さらに、どちらの手続きにおいても相続人全てを関与させることが必要とされていますが、承継不全が定着してしまった状態においては、それが一番の障害になることも多いのです。

そこで、当該土地を必要とする共有者の一人が、単独で所有権を取得する(したがって、他の相続人の共有持分を喪失させる)制度を、従来の遺産分割や共有物分割の手続とは別に考えることはできないでしょうか?これに類似する制度は、認可地縁団体の不動産取得制度として、限定的ながら既に存在しています(地方自治法第260条の38)。

財産権が憲法上の権利であるから、これを奪うような制度を作ることには反対もあるでしょう。しかし、財産権も「公共の福祉に適合するやうに」法律によって定められるもの(憲法第29条第2項)に過ぎないのですから、国土でもある土地の私的所有に内在的制約が大きいのは当然のこととも考えられます。もともと土地は、私人の労働によって作られるものではないのです。



4 公共目的の利用権設定の特措法
2018年6月6日、所有者不明土地の利活用を促す特別措置法が成立しました(1年内施行予定)。所有者不明土地問題に対する国の取組みの第一歩といえます。

これは、所有者不明土地について、都道府県知事が、公共の目的のために、最長10年間の利用権を設定できるという制度です。例えば、市町村が仮設道路を造ったり、公益法人の駐車場を造ったりという使い方が想定されています。
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* 本稿では土地について述べましたが、建物についても状況は基本的に同じです。ただし、永続する性質を持った土地と違って、生成消滅する性質を持った建物について、承継の問題を独立に論ずる意味はそれほど大きくはないでしょう。



posted by 司法書士 前田 at 17:58| Comment(0) | 相続・遺言

2018年05月21日

遺産処分に関する遺言の定めと遺産分割の要否について

「遺言書があるから遺産分割が不要である。」とか、「遺言書を無視して自由に遺産分割することができる。」とか、極端な誤解をしている人が多いように思われます。このような誤解が生じるのは、遺産処分に関する遺言の規定方法が分かりにくいからかも知れません。

そこで、今回は、遺産処分に関する遺言の定め方と遺産分割の要否というテーマについて考えてみることにしましょう。
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1 遺産に関する遺言の定めの方法
遺産の分配に関連して遺言で定める方法の主なものは、次の@〜Cです。これらの他に、遺産分割禁止(民法第908条)、特別受益払戻免除(民法第903条第3項)等も、遺産の分配に関連しないわけではありませんが、本稿テーマとの関連が薄いので省略します。

@ 相続分の指定
A 遺産分割方法の指定
B 包括遺贈
C 特定遺贈

まず、@「相続分の指定」とは、民法第900条に規定する遺産に関する共同相続人の割合的権利(=法定相続分)の原則を修正することを言います(民法第902条)。例えば、Xの推定相続人が、妻A、子B及び子Cであるという場合を考えてみましょう。このとき、A、B及びCの法定相続分は、それぞれ2分の1、4分の1、4分の1となるでしょう。しかし、Xが遺言で、「A及びBの相続分を各2分の1とする。」と定めることもできます。このように、遺言者の意思によって相続分を修正することが相続分の指定です。

次に、A「遺産分割方法の指定」とは、現物分割、換価分割、代償分割等の、文字通り分割方法に関する定めのことです(民法第908条)。例えば、遺言で「不動産と株式を売却して、その代金を分けよ。」という定めをすれば、換価分割という遺産分割方法を指定したことになるというわけです。

さらに、遺言によって、「遺言者は、包括又は特定の名義で、その財産の全部又は一部を処分することができ」ます(民法第964条)。このような遺産の処分についての遺言の定めを「遺贈」と呼びます。遺贈には、B「包括遺贈」とC「特定遺贈」という二つの種類があります。

包括遺贈は、遺産の全部又はその割合的持分を譲渡する旨の定めのことです。例えば、「遺産の2分の1をDに与える。」とか、「遺産の全てをDに与える。」とか定めれば、包括遺贈を定めたことになります。

遺贈を受ける者(=受遺者)は、相続人以外の第三者に限られるわけではないので、相続人に対して包括遺贈しても構いません。ただし、相続人に包括遺贈する場合には、結局、相続分の指定をしたのと効果の点で差がないことになるでしょう。

これに対し、特定遺贈は、遺産中の特定の財産又は種類によって指定された財産を譲渡する旨の定めをすることです。例えば、「甲不動産をDに与える。」とか、「1000万円分の預金債権をDに与える。」とか定めれば、特定遺贈を定めたことになります。

特定遺贈においても、受遺者は相続人以外の第三者に限られるわけではないので、相続人に対して特定遺贈することもできます。



2 遺産分割の要否
(1) 指定相続分と異なる遺産分割
相続分の指定をした遺言があるからと言って、それだけで遺産を構成する個々の財産の帰属が確定するわけではありません。このことは、遺言による相続分の指定がなく、法定相続分を基準として相続手続をする場合と全く同じです。したがって、相続分の指定がされた場合、原則として遺産分割が必要です。

遺産分割の結果、たとえ個々の財産の金銭的価値にもとづく具体的な分割割合と指定相続分とが異なってしまったとしても、それは問題ではありません。例えば、相続人E及び相続人Fに対して遺言によって相続分がそれぞれ4分の3及び4分の1と指定されていた場合であっても、実際に相続が発生した後に、EとFとの協議によって、Eが遺産たる乙不動産を単独で取得すると決めてしまっても構わないということです。

つまり、相続分は、指定であれ法定であれ、遺産分割の基準の一つに過ぎないわけです。そして、この基準は、共同相続人間の協議によるのであれば、必ずしも絶対的なものとして考える必要はないということです。ただし、共同相続人間に争いがあって、家庭裁判所に持ち込まれるような遺産分割事件においては、相続分が遺産分割のための基準として重視されるでしょう。

例外として、一人の相続人に相続分1分の1を指定した場合等、遺産分割が行われないこともあります。


(2) 遺産分割方法指定と「相続させる」遺言
遺産分割方法の指定をした遺言があるからと言って、それだけで遺産を構成する個々の財産の帰属が確定するわけではありません。例えば、遺産たる「丙不動産を換価して分けよ。」のように指定してあっても、共同相続人間への具体的な換価金の分配について明らかにはなりません。したがって、この場合でも、原則として遺産分割が必要です。

ところが、遺産分割方法の指定に関しては、混乱を招くような事情があります。

公証実務において、長らく、主に不動産登記手続に関する理由(単独申請形式を利用し、登録免許税を節約するという理由)から、共同相続人に対して特定財産を「相続させる」という文言を用いた遺言を作成する扱いが一般化していました。例えば、「相続人Gに丙不動産を相続させる。」というものです。

判例(最判平成3年4月19日)は、次のように述べて、このような扱いを追認し、その法的性質及び効果を明らかにしています。

「遺言書において特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言者の意思が表明されている場合・・遺言者の意思は・・当該遺産を当該相続人をして、他の共同相続人と共にではなくして、単独で相続させようとする趣旨のものと解するのが当然の合理的な意思解釈というべきであり、遺言書の記載から、その趣旨が遺贈であることが明らかであるか又は遺贈と解すべき特段の事情がない限り、遺贈と解すべきではない。・・民法908条において被相続人が遺言で遺産の分割の方法を定めることができるとしているのも、遺産の分割の方法として、このような特定の遺産を特定の相続人に単独で相続により承継させることをも遺言で定めることを可能にするために外ならない。したがって、右の「相続させる」趣旨の遺言は、正に同条にいう遺産の分割の方法を定めた遺言であり、他の共同相続人も右の遺言に拘束され、これと異なる遺産分割の協議、さらには審判もなし得ないのであるから、このような遺言にあっては、遺言者の意思に合致するものとして、遺産の一部である当該遺産を当該相続人に帰属させる遺産の一部の分割がなされたのと同様の遺産の承継関係を生ぜしめるものであり、当該遺言において相続による承継を当該相続人の受諾の意思表示にかからせたなどの特段の事情のない限り、何らの行為を要せずして、被相続人の死亡の時(遺言の効力の生じた時)に直ちに当該遺産が当該相続人に相続により承継されるものと解すべきである。」

つまり、判例によれば、特定の財産を「相続させる」遺言は、遺産分割方法の指定を定めたものであり、原則として相続開始(=遺言者の死亡)と同時に当該財産の承継の効果が発生し、遺産分割の余地はないということです。

この判例に対しては、「相続させる」遺言を遺贈の趣旨と解すべきであるという立場からの有力な批判がありますが、本稿ではこれ以上述べません。


(3) 包括遺贈と遺産分割
包括遺贈を受けた者(=受遺者)は、相続人と同一の権利義務を取得します(民法第990条)。よって、遺産に属する個々の財産についての帰属関係を確定させるためには、原則として、受遺者と相続人との間で遺産分割を行う必要があります。ただし、単独の受遺者に遺産の全てを包括遺贈した場合、遺産分割を行う余地はありません。

また、包括受遺者が、相続放棄(民法第990条、第938条等)によって、相続人としての権利義務を放棄することもあります。この場合には、放棄した受遺者を除いて遺産分割が行われます。


(4) 特定遺贈と遺産分割
特定遺贈が行われた場合には、原則として相続開始とともに財産承継の効力が生ずるので(民法第985条)、遺産分割の余地はありません。

特定受遺者は、「遺言者の死亡後、いつでも遺贈の放棄をすることができ」ます(民法第986条第1項)。したがって、特定遺贈が放棄された場合には、当該財産について、共同相続人間での遺産分割が必要となります。ただし、ここでいう放棄は、民法第938条の方式(=家庭裁判所への申述)ではなくて、相続人に対する単なる意思表示によって行えばよいと解されています。





タグ:法律のなぜ
posted by 司法書士 前田 at 16:28| Comment(0) | 相続・遺言

2018年05月17日

「遺産共有」という概念について



相続が開始してから遺産分割によって最終的な帰属が確定するまでの間の遺産(相続財産)に関する共同相続人間の権利関係を、「遺産共有」という概念で表現することがあります。遺産共有は、財産法上の「共有」(民法第3章第3節)、「準共有」(民法第246条)及び「多数当事者間の債権関係」(民法第3編第1章第3節)との区別を明らかにするための概念です。

遺産共有は、その法的性質について争いがあり、分かりにくい概念だと思います。そこで、今回は、遺産共有について基本的な考え方を整理してみましょう。
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1 遺産共有の二つの性質
共同相続人の一人は、遺産の分割前に、その「相続分」を第三者に譲渡することができます(民法第905条第1項参照)。

ここで、「相続分」というのは、各相続人が遺産共有している割合的権利のことです。相続分には、法律によって相続人の身分に応じて定められる法定相続分(民法第900条)と遺言によって定められる指定相続分(民法第902条)とがあります。

まず、相続分には、遺産を構成する個々の財産に対する共有権であるという性質があります。ただし、ここ(遺産分割が成立する前の段階)での共有権は、暫定的なものに過ぎません。さらに、相続分には、相続人の地位という身分権としての性質もあります。

例えば、相続分を同じく(各2分の1)する共同相続人AとBがいたところ、Aが第三者Cに対してその相続分全部を譲渡したという場面を考えてみます。この場合、Cは、遺産中の個々の財産に対する持分2分の1の暫定的な共有権を得るとともに、Bとの間で遺産分割協議することのできる身分を取得するわけです。



2 遺産共有されている財産の処分
(1) 処分の可否
相続開始から遺産分割成立までの間に長い期間を要したり、遺産分割が行われないまま更に重ねて(=数次に)相続が開始したりすることは珍しいことではありません。このようになってくると、本来暫定的な遺産共有の状態のまま、一部の共同相続人が、遺産を構成する個別財産の共有権を第三者に対して譲渡することも起こります。しかし、そもそも、最終的な帰属が確定していない財産を処分するということが可能なのでしょうか?

この問題に対しては、民法第909条が遺産分割の遡及効を制限する規定を置いている(「ただし、第三者の権利を害することはできない。」)ことから、処分の結果として第三者が生ずることは織り込み済みであると解されています。つまり、遺産共有の状態でも個々の財産の共有権を処分することは可能であるということです(通説)。したがって、遺産分割を経ずとも、遺産を構成する個々の財産(の共有権)の帰属が、一部の共同相続人の処分行為によって確定してしまうことがあるわけです。


(2) 第三者対抗要件の要否
遺産を構成する個別財産の共有権を処分することが可能であるとして、処分の当事者でない共同相続人は、第三者に対して処分対象財産についての共有権を、対抗要件なしに主張することはできるでしょうか?遺産共有の状態で、共同相続人が個々の財産について対抗要件(民法第177条、第178条、第467条等)を備えていることは稀であることから、対抗要件を要するとすれば、共同相続人の保護に欠けることになってしまうでしょう。

例えば、相続分を同じく(各2分の1)する共同相続人AとBがいたところ、Aが遺産中の甲不動産について、偽造の遺産分割協議書によってAが単独相続した旨の所有権移転登記を経由した後、第三者Cに対して甲不動産を譲渡したという場面を考えてみます。このとき、Bは、Cに対して、自らの甲不動産に対する持分2分の1の共有権を登記なしに対抗できるでしょうか?

判例(最判昭和38年2月22日)は、上のような事例において、共同相続人Bは、登記なくして自己の法定相続分に応じた甲不動産の共有権を第三者Cに対抗することができると判断しました。その理由としては、AはもともとBの持分については全くの無権利であるから、甲不動産を譲渡したとしても、登記に公信力のない日本の制度のもとでは、CがBの持分まで取得することはないというものです。

さらに、同じ理由で、遺言による相続分の指定がされていた事案においても、共同相続人は、登記なくして自己の指定相続分に応じた不動産の共有権を第三者に対抗することができるとされています(最判平成5年7月19日)。

共同相続人と第三者との利益衡量の観点や、遺贈の場合に対抗要件が必要であると解されている(通説)こととの衡平から、後者の判例に対しては有力な批判がありますが、本稿ではこれ以上述べません。



3 遺産分割か?共有物分割か?
遺産共有の状態を解消して、遺産を構成する個々の財産の帰属を定めるためには、遺産分割をおこなう必要があります。遺産分割は、共同相続人(及び相続分譲受人)全員によって協議することが原則です(民法第906条)。

しかし、協議が調わないとき、又は協議をすることができないは、共同相続人の一部から他の共同相続人全員を相手として、家庭裁判所に対して遺産分割を申し立てることができます(民法第907条第2項)。家庭裁判所での遺産分割は、審判(裁判所の決定)又は調停(裁判所での当事者の和解)という家事事件手続によります。

これに対して、所有権についての共有関係を解消する方法は、「共有物分割請求」によります(民法第256条)。単独での所有権が強く保護されているのに、共有権が私人の請求によって奪われてしまうような制度が設けられている理由は、共有という状態が不安定かつ不便であり、早期に解消すべきという趣旨であると解されます。

共有物分割請求は、共有者の一部から他の共有者全員を相手方として行います。これも原則は協議によります(民法第256条第1項)が、共有者間に協議が整わないときは、通常裁判所に対して共有物分割請求訴訟を提起することができます(民法第258条第1項)。また、所有権の共有物分割に関する規定は、所有権以外の財産権の共有(=準共有)についても準用されています(民法第264条)。

両手続が大きく違うのは、裁判の形式(決定か判決か)とその効果(既判力の有無等)です。判例によれば、遺産共有の解消は、家庭裁判所が審判によって財産の分割を定めるべきであり、通常裁判所がこれを定めてはならないとされます(最判昭和62年9月4日)。また、上記2(2)で挙げた例のように、遺産中の個別財産について第三者が生じた場合、当該財産についての共有関係の解消は、通常裁判所が判決によって決すべきことであるとされ(最判平成25年11月29日)、両手続が厳密に区別されていることが分かります。

しかし、共有物分割は、訴訟によると言っても、実体法上に法律効果(=共有物の分割)を発生させるための要件事実の具体的な定めがありません。そして、このような裁判(=形式的形成訴訟)の場合、裁判所の後見的裁量が強く要請されます。したがって、共有物分割訴訟のうえで争点となる事項も、遺産分割の家事事件手続における考慮事項(「遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情」民法第906条)と実質的には大きな差がないと考えることもできるでしょう。

また、遺産分割・共有物分割ともに、その分割方法は、現物を物理的に分割(=現物分割)するものであったり、取得者が他の当事者に代償を支払う(=代償分割・価格賠償)ものであったり、対象物の換価金を分ける(=換価分割)ものであったりと、柔軟な方法を採ることができます。




4 債権と債務について
かつて判例は、遺産たる債権については、債権法の規定が当然に適用され「多数当事者間の債権関係」として処理されるので、遺産共有という相続法の問題にはならないと考えていました。即ち、債権の目的たる給付が不可分の場合には民法第428条(不可分債権)に従って権利関係を処理すべきだし、可分債権の場合ならば民法第427条により当然に相続分に従って分割承継されるということです。したがって、遺産たる債権については、遺産共有という状態は生じないし、故に遺産分割の必要もないということになっていました(最判昭和29年4月8日等)。

しかし、上の判例のような考え方では、共同相続人間の利益調整を図るために不便であることが従来から指摘されていました。むしろ、債権を含む遺産全体を遺産分割の対象として考え、利益調整のために(お釣りとして)債権を用いることが通常の相続人間の公平と便宜に適うという批判です。そこで、実務上、債権を分割対象に含めた遺産分割協議が行われることが一般化していました。さらに、家事事件手続による遺産分割においても、相続人間の明示又は黙示による合意によって、債権を分割対象に含めることが一般化していました。

近時、このような批判に応える形で預貯金債権について判例変更が行われ、共同相続された預貯金債権が相続分に従って当然に分割されることはなく、遺産分割の対象になるとされるようになりました(最判平成28年12月19日、最判平成29年4月6日)。その他、判例上、当然に分割承継の対象とはならないと判断された債権には、定額貯金債権、投資信託受益権、国債等があります。

一方、相続債務に関しては、遺産共有の関係は生じないというのが一般的な理解のようです。即ち、不可分債務については民法第430条を適用し、可分債務は民法第427条により法定相続分に従って当然に分割承継されるということです(可分債務について、大決昭和5年12月4日)。このように解される理由は、共同相続人が協議によって一方的に債務の承継者を定めてしまうのだとすれば、相続という偶然によって債権者を著しく害してしまうからです。

もちろん、債権者の合意のもとに、法定相続分と異なる割合で、特定の相続人が債務を承継することは一向に構いません。特に事業関連の債務についてそのような処理が行われることがよくあります。
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posted by 司法書士 前田 at 17:49| Comment(0) | 相続・遺言