2018年05月24日

「妻(又は夫)に内緒で債務を整理できますか?」(債務整理の方針について)

多重債務について相談を受けていると、よく聞かれる質問があります。それは、「妻(又は夫)に内緒で債務を整理できますか?」というものです。

この質問に対して、私は「配偶者に内緒でするような債務整理の依頼は受けません。」と回答します。以下は、その理由です。
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1 「内緒で債務整理」=「内緒で借金」
債務整理というのは、債務者の経済的更生を目的として行うものです。生活が立ち行かなくなるほど膨らんでしまった債務を一旦リセットすることによって、生活を再建するための手続だということです。

ところが、配偶者に内緒で債務整理したいと考える人は、配偶者に内緒で借金をしたために、その処理も内緒にしておこうと考えているわけです。そんな人は、配偶者にバレさえしなければ、同じことを繰り返すのでしょう。また、生活再建のためには、配偶者の協力は不可欠です。

つまり、配偶者に内緒で債務整理しても、債務整理の目的は達成できない、無駄ということです。



2 「財布が一緒」の関係
もちろん、夫婦であっても、原則として財産は個人に帰属(例外:民法第762条第2項「夫婦共有財産」)し、債務も個人が負担します(例外:民法第761条「日常家事債務」)。したがって、例外的な場合を除けば、夫(又は妻)の債務を妻(又は夫)が返済する義務はないし、夫(又は妻)の債権者が妻(又は夫)の財産を差し押さえることもありません。

ということは、配偶者に内緒で債務整理することについて、法的には問題ないということです。

しかし、夫婦は、実質的に「財布が一緒」という関係にあります。この意味は、夫婦の一方の収支だけを見て赤字か黒字かを判断することができないということです。また、一方が債務超過に陥った原因も、その人だけにあるとは言えないということでもあります。

例えば、妻が、生活費の不足をやりくりするために、キャッシングを繰り返したりクレジットのリボ払いをしたりしているうちに債務が返済できないほど膨らんでしまったという場合、その債務は、妻の衣食住だけを満たしたのではないでしょう。つまり、極端な例を除けば、配偶者の一方が、他方の債務について全く関与なしということはないのです。

よって、配偶者に内緒で債務整理するということは、債務の実態及び原因から目をそらすのと同じです。

私は、現実に向き合おうとしない人に生活を再建できるとは思いません。



3 債務整理の方法
債務整理には、主に、任意整理、再生及び破産という三つの方法があります。

任意整理というのは、いわゆる「リスケ」のことです。一括では返済ができない規模の債務について、実現可能な分割払いの計画を立てて、債権者ごとにこの計画に対して私的な合意を取り付けることです。

これは、支払不能に至らない程度の「軽症の」債務の場合に妥当な方法です。そして、任意整理できるのであれば、例外的に、配偶者に内緒にしておいても構わないかもしれません。というのも、任意整理においては、債務者自身が責任を果たす(=債務を完済する)と言っているわけですから。

しかし、「軽症な」債務整理の事案は非常に稀です。多くの多重債務者は、「手遅れ」になってからでないと専門家のもとを訪れて来ないのです。

「手遅れ」の人にとっての債務整理は、破産か再生の方法くらいしかありません。これらは、裁判所を利用した債務整理の方法(=法的整理)です。法的整理によって、合法的に債務の全部又は大部分を踏み倒すのです。

法的整理を受任した専門家にとっては、手続きを迅速に遂行することは、依頼者に対する義務であるとともに、債権者に対する義務でもあります。したがって、ここでは、債務を踏み倒そうとする依頼者の希望ばかりを優先して、手続きを遅延することは許されないのです。

さらに、申立債務者に同居の家族がいる場合、法的整理の過程でその家族の協力が不可欠であるような事態が多々生じます。つまり、配偶者に内緒では、法的整理の障害になってしまうのです。



Q「妻(又は夫)に内緒で債務を整理できますか?」

A「私は、そんな債務整理の依頼は受けません。私は、手続遅延の恐れがあるような条件付きの依頼を受けるほど無責任ではありません。」



posted by 司法書士 前田 at 18:31| Comment(0) | 金銭トラブル

2018年05月07日

オートローンで買った自動車と破産及び個人再生 (最判平成22年6月4日と最判平成29年12月7日)

信販会社の「オートローン」を利用して買った自動車は、ローンの支払を一定期間遅滞すると、信販会社に取り上げられてしまいます。信販会社がこのようにするのは、中古自動車の残存価値から残債権を回収しようとするためです。

今回は、破産や個人再生(以下「破産等」という。)におけるオートローン返済途中の自動車の扱いについて考えてみましょう。借金で首が回らなくなった人が高価な自動車に乗っているというのは皮肉ですが、ごくありふれたものです。
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1 所有権留保とは
(1) 自動車売買における所有権留保とは
「所有権留保」とは、典型的には、割賦販売における代金債権を担保するために、買主への目的物引渡後もその所有権を売主に留保しておくというものです。このように担保目的で留保された所有権を「留保所有権」と呼びます。所有権留保は担保を目的としているに過ぎないので、買主は、目的物を自由に使用することができます。

所有権留保が利用される典型は、自動車の売買においてです。これは、登録制度により権利関係が分かりやすいうえに、中古市場が発達しており評価・換価が容易であるためです。

オートローンを利用した自動車の売買においては、信販会社(例:○○ファイナンス株式会社)を所有者として登録したり、販売会社(例:△△自動車販売株式会社)を所有者として登録したりすることによって代金等の債権を担保します。信販会社と販売会社のどちらが所有者として登録されるのかという点は、一貫した理由にもとづいて決まっているわけではありません。

例えば、売買と同時に信販会社が販売会社に対して一括で代金を立替払いするというような内容の契約であれば、信販会社が所有者として登録されるのが自然でしょう。なぜなら、立替金の求償債権を保全する必要があるのは、信販会社であるからです。しかし、この場合でも、販売会社に所有権が留保される例が多く見られます。

これに対して、信販会社が買主の(販売会社に対する)売買代金債務を保証するというような内容の契約であれば、販売会社が所有者として登録されることになるのが自然でしょう。なぜなら、売買代金債権を保全する必要があるのは、販売会社であるからです。しかし、必ずしもそのように決まっているわけではありません。

ここで登録上の所有者を誰にするかという問題は、販売側(販売会社及び信販会社)の都合であって、買主となる一般の消費者にとっては意識されることすらありません。しかし、破産等の倒産処理において、このことが問題になることがあります。


(2) 債権者平等原則と別除権
破産等の手続においては、多数の債権者について債務者の財産についての法律関係を集団的・包括的に処理するため、「債権者平等」を原則とします。一部の債権者の抜け駆けを許さないということです。したがって、例外として他よりも優先又は劣後すべき種類の債権についても、その順位は法律によって定まっています(破産法第98条等)。

一方で、債権者の中には、予めその債権の優先的回収を確保するために抵当権等の担保権を設定している用意周到な者もいます。これらの担保権者は、破産等が開始しても、その権利行使を制限されるいわれはありません。もともと、債務者が破産等するような事態に備えて担保権を設定していたわけですから。

そこで、一定の担保権は、破産等の手続外で行使することができるとされています(破産法65条第1項)。このような担保権のことを「別除権」と呼びます。別除権とされるのは、典型担保である特別の先取特権、質権及び抵当権(破産法第2条)に加えて、非典型担保である譲渡担保及び所有権留保も含まれると解されています。

したがって、自動車の所有権を留保している信販会社は、別除権を行使することができます。つまり、信販会社は、買主の破産等の手続にかかわりなく、自動車を引き揚げて、その換価金から自らの債権を回収することができるというわけです。

ところが、販売会社に自動車の所有権が留保されている場合、信販会社が別除権を行使できるかどうかについて問題があります。つまり、信販会社が別除権を行使する際の対抗要件として登録名義が販売会社のままでも十分といえるかという問題です。別除権は、債権者平等原則との関係上、他の債権者にも対抗できるものでなくてはなりません。

この問題について、結論を異にする二つの判例が存在します。


2 二つの判例の意味
(1) 最判平成22年6月4日
この判例は、所有権が販売会社に留保されていた自動車の買主について個人再生手続が開始したときに、信販会社が別除権を行使できるかが問題となった事例についてのものです。結論として、別除権の行使が否定されました。

裁判所が認定した本事案におけるオートローン契約の内容は、概略、次のようなものです。

買主、販売会社及び信販会社は、三者間において、買主が、販売会社から自動車を買い受けるとともに、売買代金を自己に代わって販売会社に立替払することを信販会社に委託すること、自動車の所有権が買主に対する債権の担保を目的として留保されることなどを主たる内容とする契約を締結した。また、買主は、販売会社に留保されている自動車の所有権が、信販会社が売買代金を立替払することにより信販会社に移転し、買主が立替金等(立替手数料を含む)債務を完済するまで信販会社に留保されることを承諾した。

上の契約内容のもとで、最判平成22年6月4日は信販会社の別除権行使を否定しましたが、その理由は、概略、次のようなものです。

本件三者契約は、販売会社において留保していた所有権が代位により信販会社に移転することを確認したものではなく、信販会社が、立替金等債権を担保するために、販売会社から自動車の所有権の移転を受け、これを留保することを合意したものと解するのが相当である。そして、再生手続が開始した場合において再生債務者(=買主)の財産について別除権の行使が認められるためには、債権者平等原則の趣旨から、再生手続開始の時点で別除権たる担保権につき対抗要件としての登録を具備している必要があるのであって(民事再生法第45条参照)、本件自動車につき,再生手続開始の時点で信販会社を所有者とする登録がされていない限り、信販会社が別除権を行使することは許されない。

ここで「代位」というのは、債務者に代わって第三者が弁済した場合に、第三者の債務者に対する求償権を確保するために、債権者の持っていた本来弁済によって消滅するはずの原債権及び担保権を存続させ、それらを第三者に移転するという制度(民法第499条、第500条)のことです。本判例は、留保所有権の移転は、代位によって生じたのではなく、当事者の合意によって生じたものと解しています。


(2) 最判平成29年12月7日
この判例は、所有権が販売店に留保されていた自動車の買主について破産手続きが開始したときに、信販会社が別除権を行使できるかが問題となった事例についてのものです。結論として、別除権の行使が認容されました。

裁判所が認定した本事案におけるオートローン契約の内容は、概略、次のようなものです。

買主、販売会社及び信販会社は、三者間において、販売会社が買主に対し自動車を割賦払の約定で売却すること、売買代金債権を担保するため販売会社に自動車の所有権が留保されること、信販会社が買主の委託を受けて買主の販売会社に対する売買代金債務を連帯保証することなどを内容とする契約を書面により締結した。

上の契約内容のもとで、最判平成29年12月7日は信販会社の別除権行使を認容しましたが、その理由は、概略、次のようなものです。

保証人たる信販会社は、主債務である売買代金債務の弁済をするについて正当な利益を有しており、弁済によって買主に対して取得する求償権を確保するために、留保所有権を法律上当然に代位取得する(民法第500条)。そして、買主の破産手続開始の時点において販売会社を所有者とする登録がされている自動車については、所有権留保されていることは予測し得るというべきであるから、信販会社は、自動車につき信販会社を所有者とする登録なくして、所有権留保を別除権として行使することができるものというべきである。
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(3) 判断を分けたのは何か?
上記二つの判例の結論を分けたのは、販売会社から信販会社への留保所有権の移転が、合意によって生じたのか(最判平成22年6月4日)、代位によって生じたのか(最判平成29年12月7日)という点です。前者においては信販会社について対抗要件(=登録)の具備が必要であるのに対して、後者であれば販売会社についての対抗要件があれば充分であると判断されました。この区別は分かりやすいと言えます。

破産等の手続に関わる実務家にとって、両判例は、オートローン返済途中の自動車の扱いについて明確な基準を示したものとして重要な意味を持ちます。また、両判例を受けて、オートローンの契約条項の改定や担保実務の改善等も進むことでしょう。もっとも、両判例の結論が正反対になったことについて、信販会社の多くが販売会社と一体の関係にあるという現実に照らして、私自身としては非常に違和感を覚えますが。



posted by 司法書士 前田 at 17:44| Comment(0) | 金銭トラブル

2018年04月17日

「ひとにお金を貸してはいけない。」の意味

友人や知人からお金を貸してくれと頼まれたとき、義理人情のためか親切心のためか、深く考えずに貸してしまう人も多いのではないでしょうか。しかし、そんな親切が後のトラブルを引き起こしてしまうのは珍しいことではありません。そこで、今回は、ひとにお金を貸す際の注意点について考えてみましょう。
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1 なぜ「その人」はあなたのところにやって来たのか?
借金をするとき、普通ならば、銀行、クレジットカード、消費者金融を利用することを思いつくでしょう。その他に、借金の使いみちによっては、学生支援機構(奨学金)や社会福祉協議会(生活資金等)のような機関から低利での融資を受けることもできます。

それならば、なぜ「その人」は、上記のような機関にではなく、あなたに借金を申し込んできたのでしょうか?その理由は、大抵、次のア・イのどちらかでしょう。

ア 既に支払能力を超える借金がある
既にカードローンやカードキャッシングの融資枠を超えるほどの借金をしてしまって、普通の方法でこれ以上借金することができないような人は、その場しのぎで、友人や知人から借金することがあります。

冷たい言い方に聞こえるかもしれませんが、借金癖のある人にお金を貸しても、まともな返済を期待できません。あとで嫌な思いをしたくないのであれば、お金を貸すのはきっぱりと断りましょう。


イ はじめから返すつもりがない
借金しようとするときに、「うまい話」をする人にも注意すべきです。例えば、「アフリカの希少金属鉱山に投資したら儲かるので、3倍にして返すからお金を貸してくれ。」というようなものです。

しかし、本当に「うまい話」というのは、普通の人のところには決して巡って来ないものです。万が一その「うまい話」が本当ならば、他人になど話さずに、一人でこっそり儲けるのが道理です。つまり、「うまい話」をする人というのは、大抵は詐欺師か悪徳商売人です。


上記ア・イに当てはまらないケースもあるかもしれません。もちろん、私も、他人からお金を借りようとする人を、借金癖のある人か詐欺師のどちらかだとか決めつけるつもりはありません。ただし、当てはまらないケースについても、慎重に判断してください。



2 大切な相手に借金を申し込むか?
あなたがお金を貸すかどうかを悩む理由は、借金を申し込んできた「その人」を、大切に思う心があるからかもしれません。では、逆に、あなたなら、自分の大切な人に対して、借金を申し込むでしょうか?

正しい答えは「否」です。正常な精神の持ち主なら、大切な人を、お金のことであれ、他のことであれ、困らせるようなことをしないものです。つまり、「その人」があなたに借金を申し込んできたということは、@「その人」はあなたを大切に思っていない、又はA「その人」は正常な精神の持ち主ではない、ということを意味するのかもしれません。

もちろん、正常な精神の持ち主が大切な相手に対して借金を申し込むということも、あり得ないわけではないでしょう。ただし、非常に稀なことですので、慎重に判断してください。



3 貸すのではなく、あげることはできるか?
あなたが人並外れて気前がよく、かつそれだけの十分な資力があるのであれば、「その人」にお金を貸してあげても良いのかも知れません。あなたにとって、返済してもらえるかどうかという問題はさほど重要ではないのでしょうから。



4 本当に「その人」のためになるのか?
あなたがお金を貸せば、「その人」の目の前の問題は解決するのかもしれません。しかし、「その人」の根本的な問題の解決は遠ざかってしまうだけということが往々にしてあります。

頼まれたとおりにお金を貸すことが本当に「その人」のためになるのか、慎重に判断してください。
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今回は、当たり前のことばかりを書きました。貸し借りに限らず、お金のトラブルのほとんどは、その「当たり前」で防ぐことができるからです。



posted by 司法書士 前田 at 13:03| Comment(0) | 金銭トラブル

2017年12月23日

仮差押と債権の消滅時効中断について(最判平成10年11月24日と平成29年民法改正)

仮差押には、判例によって事実上他の時効中断事由(現行民法第147条)とは異なる特殊な効力が認められています。今回は、この効力について紹介するとともに、本年(平成29年)の民法大改正によって、それがどのように改められたのかを確認してみることにしましょう。



1 仮差押による時効の中断
(1) 消滅時効の中断とは
権利者であっても一定の長期間にわたって権利行使を怠っていれば、権利行使できなくなってしまうという規律を消滅時効の制度といいます。消滅時効制度は、権利行使を怠ってきたという事実状態から生じるいろいろな不都合を解消するために存在します。つまり、消滅時効は、権利者と義務者の利害バランスを調整したり、権利の存在又は不存在の証明困難を救済したりするために存在しているのです。

消滅時効にかかる権利の代表的なものは債権ですが、地上権や地役権等の財産権も時効によって消滅することがあります。債権の場合、債権者が債務者に対し10年(現行民法第167条)権利行使しなければ、その債権が消えてしまうわけです。

消滅時効制度があるため、債権者も、安穏としているわけにはいきません。債権者は、自分の権利が時効消滅しないようにするための防御手段を取る必要があります。この消滅時効の完成を妨げる手続を「中断」といいます。ここに云う中断は、時効の進行を単に停止させるだけでなく、リセットするという2つの法律効果を生じさせる概念です。債権の消滅時効に即して言えば、債権者が9年間放置していた債権の時効の進行を9年目に中断すれば、その債権の時効は、中断事由が生じた時点で進行を停止し、中断の事由が終了した時点から(現行民法第157条)再びリセットされた10年の時効期間を算定し直すことになります。

現行民法において、中断事由として定められているのは、次の3つです(現行民法第147条第1〜3号)。
・請求
・差押さえ、仮差押え又は仮処分
・承認

上記のうち、「請求」とは、債権者の単なる「支払え」という債務者に対する要求行為(「催告」)では足りず、訴訟提起等の裁判上での権利行使のことを指します。これに対して、「承認」は、債務者が債務を負っていると認める行為であれば広くこれに該当します。例えば、一部弁済したり支払猶予を求めたりすることも「承認」に当たり、時効が中断します。

差押えや仮差押えも含めて、これらの中断事由は、権利不行使の状態を破るという共通点があります。


(2) 仮差押による時効の中断の効果(最判平成10年11月24日)
実は、時効中断事由の中で、仮差押えによる時効中断の効果については、法文上明確ではありません。すなわち、「仮差押えをした場合に、一旦停止した被保全債権の消滅時効は、いつ再び進行し始めるのか?」という問題について、従来から争いがありました。この問題について、最判平成10年11月24日は、次のように結論づけました。

「仮差押えによる時効中断の効力は、仮差押えの執行保全の効力が存続する間は継続すると解するのが相当である。 けだし、民法147条が仮差押えを時効中断事由としているのは、それにより債権者が、権利の行使をしたといえるからであるところ、仮差押えの執行保全の効力が存続する間は仮差押債権者による権利の行使が継続するものと解すべきだからであ り、このように解したとしても、債務者は、本案の起訴命令や事情変更による仮差押命令の取消しを求めることができるのであって、債務者にとって酷な結果になるともいえないからである。また、民法147条が、仮差押えと裁判上の請求を別個の時効中断事由と規定し ているところからすれば、仮差押えの被保全債権につき本案の勝訴判決が確定したとしても、仮差押えによる時効中断の効力がこれに吸収されて消滅するものとは解し得ない。」

これを分かりやすく言えば、債務者の不動産に対して仮差押えの登記がなされている限り、被保全債権についての債権者の「権利の行使が継続」しているのであるから、被保全債権は時効消滅することがないということです。被保全債権について行われた仮差押えの消滅時効に関する効力と、本案で同じ債権について勝訴判決が確定したことに伴う消滅時効に関する効果との間にも何の関係もないとの判断です。


(3) 判例の問題点
上記判例の理屈には致命的な問題があります。

仮差押えは、本執行の準備行為に過ぎません。そして、その申し立てのためにも、被保全債権の存在を「疎明」することで足ります。さらに、保全手続内での、債務者の防御機会も制限されています。

これらのことは、同じく中断事由である「請求」と比較して著しくバランスを欠いています。「請求」として本案訴訟を提起する場合には、原告たる債権者は債権の存在を「証明」しなければなりません。もちろん裁判上の請求に対する被告たる債務者の防御の機会は保障されています。さらに、訴状の送達によって停止した債権の消滅時効は、判決の確定によって、再び進行を開始します(現行民法第157条第2項)。

そもそも、保全手続きとは、債務者に気づかれないうちに取り急ぎ執行対象財産を確保しておこうという密行性と不確定性を特徴とする手続なのです。ところが、上記判例は、「仮」に過ぎない仮差押えによって、永遠に時効消滅しない債権を作ってしまったとも解されるのです。

実際、上記判例の後、仮差押えを濫用する事例がしばしば出現するようになりました。つまり、債権者は、本執行の可能性が皆無と言えるような場合にも、債務者の不動産に仮差押してさえいれば安泰だと考えるようになったわけです。このような濫用事例においては、債権者は、債務者に対して本案の訴訟を提起することすらないのが普通です。債権者は、仮差押えの手続だけ申し立てて、仮差押登記をつけっぱなしに放置したまま、本当に「債務者」であるか証明されてもいない相手の側から、いつになるか分からないような遠い将来に任意の支払いを申し出て来るまで、気長に待ってさえいればよいのです。

私は、債権者が権利のうえに眠ることを許してしまうような判例の理論は、時効制度の趣旨にも保全制度の趣旨にも反していると考えます。


2 時効に関する民法の改正
(1) 概念整理:「中断」から「完成猶予」「更新」へ
「中断」には、時効の進行を停止させるという効果と、時効期間をゼロから起算し直すという効果とが不可分に伴うとされています。しかし、従来から、前者の効果のみを持つ「停止」(現行民法第158〜161条)という概念があったし、「催告」(現行民法第153条)の効果も前者に近いものと考えることもできます。つまり、「中断」は、概念的に十分整理されているとは言えないわけです。時効中断事由として、「請求」、「差押え」、「仮差押え」、「承認」等が同列に規定されてしまっていることも、混乱を招く原因でした。

そこで、平成29年改正法においては、「中断」及び「停止」という概念の代わりに、時効の進行を停止させる効果を「完成猶予」として、時効期間をゼロから起算し直すという効果を「更新」として整理し直しました。

この概念整理に伴って、改正法は、従来時効の中断・停止事由として一緒くたに規定されていたものを、完成猶予効と更新効の両方を持つ事由(裁判上の請求、強制執行等。改正民法第147条、148条)、完成猶予効のみを持つ事由(仮差押え、催告、協議合意、後見人等不在、夫婦間の権利、相続財産に関する権利、天災等の場合。改正民法第149〜151条、158〜161条)、及び更新効のみを持つ事由(承認。改正民法第152条)とに分けて規定しました。


(2) 仮差押の完成猶予効
改正民法第149条は、仮差押え等の事由が生じた場合、「その事由が終了した時から6箇月を経過するまでの間は、時効は完成しない。」と規定しています。つまり、改正法のもとでは、仮差押えを行っても、6箇月という短期間のうちに本案の裁判を提起したりしない限り、もともとの時効期間(リセットされない)が経過すれば、消滅時効が完成してしまうわけです。

この改正は、保全手続きの不確定性という性質に適合したものです。また、この改正により、上記1(2)の最高裁の判決は判例としての意味を喪失します。


(3) その他、時効に関する改正点
上記の他にも、時効に関しては、消滅時効期間の統一が行われました(改正民法第166〜169条)。また、現代社会において既に社会的役割を失っている短期の消滅時効(現行民法170〜174条、商法第522条)に関する規定は全て削除されました。
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今回改正された民法は、平成32年4月1日に施行される予定です。同改正には、時効に関連する他にも、興味深い論点がたくさんありますが、それらについては、また別稿で紹介したいと思います。
posted by 司法書士 前田 at 11:12| Comment(0) | 金銭トラブル

2016年10月05日

債権の消滅時効について

 権利があるからといって、いつまでもそれを行使できるというわけではありません。権利の行使には、時間的な制限があるのです。このような時間的制限には、消滅時効と除斥期間という趣旨を異にする二つの制度があります。

 今回は、債権の消滅時効について、主に貸金債権のそれを念頭に置いて、誰でも知っておくべき基本的事項を整理してみることにしましょう。
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1. 債権の消滅時効
(1) 債権の消滅時効についての規律
 債権は、原則として10年間行使しないときは、消滅します(民法第167条第1項)。

 これは、たとえば、AがBに対してお金を貸したまま、約定の弁済期から10年を超えて返済も受けず、請求もしないでいたような場合に、Bの返済義務が無くなるということを意味します。

 これに対して、債権が商行為によって生じた場合(=商事債権)には、原則として5年間行使しないときは消滅すると定められています(商法第522条)。

 たとえば、会社である消費者金融業者Cが消費者Dにお金を貸したが、約定の弁済期から5年を超えて返済も受けず、請求もしないでいたような場合には、Dの返済義務が無くなってしまうということです(会社法第5条等)。

 お金を貸すプロである消費者金融業者が、保有する債権を消滅時効にかけてしまうなどということがあるのか、と不思議に思う人も多いことでしょう。しかし、債務者が返済未了のまま行方不明になってしまったような場合、消費者金融業者が、事実上何らの対抗手段(後記2(2)の「請求」)もとらぬまま、時効期間を経過してしまうということは珍しくありません。

 商事債権の消滅時効期間が短いのは、商行為の対象とする取引が大量・反復的で、その処理を迅速に行わなければならないという必要性があるためです。また、商人(=商行為を業として行う人)であれば当然に債権管理能力を備えているはずであるから、その債権が短期間で消滅するとしても、そのようなリスクを甘受すべきだからです。

 また、上記の原則的規定のほかに、民・商法その他の法律に、様々な短期の消滅時効が定められています。例えば、医師の診療報酬債権の消滅時効は3年(民法第170条第1項)、卸売業者の売掛債権のそれは2年(民法第173条第1号)、ホテルの宿泊費債権のそれは1年(民法第174条4号)、といった具合です。しかし、このように債権の発生原因ごとに短期の消滅時効を定める意味は、現在ではほとんど失われています。そこで、数年内に行われるはずの民法改正においては、これらの短期消滅時効の整理・統合も行われる予定となっています。

 さらに、債権の存在が確定判決によって認められた場合には、もともとの債権の消滅時効の期間が何年と定められていようと、確定の時から一律に10年間の消滅時効期間の進行が開始することになります(民法第174条の2)。確定判決だけではなくて、これと同様の効力を有する裁判上の和解や調停等によって確定された債権についても、同じように消滅時効期間が10年となります。たとえば、ホテルを経営する事業者が、宿泊客を相手として、宿泊費用債権(もともとの時効期間1年)を請求する訴訟を起こし、この勝訴判決が確定した場合、同債権の消滅時効期間はさらに10年延長されるわけです。


(2) 消滅時効の趣旨
 債権に消滅時効があるということは、債権者にばかり不利益を強いているように見えます。お金を貸した者が、借りた者に対して、親切心から返済を宥恕してあげていたら、いつの間にか全く返済を受けることができなくなってしまうということだからです。では、このように債権者にとっては不公平な消滅時効という制度は、なぜ存在するのでしょうか?

 時効制度(消滅時効のみでなく、取得時効も)の趣旨としては、次の3つがあるとされます。

@ 長期に存在する事実状態をもとに形成された権利関係を保護する。
A 過去の事実の立証困難を救済する。
B 権利の上に眠るものは保護しない。

 これら@〜Bの制度趣旨は、どれか一つが正しいというわけではなくて、複合して時効という制度を正当化するものと考えられます。

 たとえば、債務者Yが、債権者Xに対する債務を返済し終わったと思い込んで、長年月が経過したある日、突然、Xから返済を求められたという場面を考えてみましょう。このとき、Yにとっても、Yの取引先等の関係者にとっても、Xに対する債務がないとの前提で事実や法律関係が長い年月をかけて積み重なっていることがあります。ここで、もしXの請求を許してしまうと、これらの事実・法律関係を覆してしまうことになるかも知れません(上記@)。また、本当にYがXに対して返済していたとしても、レシートや弁済証書等が紛失してしまって、今さらYに返済の事実を証明させるのは酷であるということもあるかも知れません(上記A)。さらに、長い間、自分の債権を放ったらかしにしておいたXにも、懈怠の責任を負わせても然るべき場面もあるでしょう(上記B)。

 時効の制度趣旨@〜Bとは、要するに、権利が行使されないという事実状態が長期間継続することから生ずる様々な問題(事実・法律関係の安定化の必要、証拠の散逸、権利者の懈怠)に対応したものだと理解することができるでしょう。



2. 中断と援用
(1) 時効の援用とは
 債権の消滅時効期間が経過したからといって、当然に債務者の履行義務が消滅するわけではありません。債務者は、履行義務を免れたいのであれば、時効期間経過後に、時効を「援用」(民法第145条)しなければなりません。

 援用とは、時効の効果を受けるという旨の相手方に対する一方的な意思表示のことです。援用は、訴訟内外を問わずに行うことが出来ます(大判昭和14年3月29日)。訴訟外で時効を援用する場合には、内容証明郵便を利用するのが一般的です。

 援用するか否かは、援用権者(債権の消滅時効の場合には、援用権者=債務者ということ。)の意思にかかっています。もし、債務者が、消滅時効期間の経過した古い債権に対して、返済しようと思うのであれば、援用せずに、返済しても構わないのです。

 ところで、租税等、国の債権にも消滅時効が定められていますが、これに対する履行義務の消滅のためには援用を要しません(会計法第30条、31条等)。つまり、租税債権は、中断(下記(2))事由なく5年を経過すれば、当然に消滅するのです。


(2) 時効の中断とは
 時効は、権利の不行使という事実状態が継続することから生ずる問題を解決するための制度です。逆に言えば、権利が正常に行使されているのならば、時効期間の完成を阻止すべきというだということになります。

 このため、民法は、時効の完成を阻止する「中断」という制度を定めています(民法第147条)。中断は、単に時効期間の進行が止まるだけではなくて、中断の事由が生じた時点に時効期間を初期化する(ゼロから再スタートする)という効果をもつ制度です。中断事由としては、次の三つがあります。

@ 請求
A 差押、仮差押又は仮処分
B 承認

 まず@「請求」とは、単に相手方に履行を要求するという普通の意味(これを「催告」といいます。)ではありません。時効を中断するための「請求」とは、裁判所を利用する手続きである必要があります。たとえば、訴訟、支払督促、裁判上の和解手続、及び破産手続きへの参加等が、ここでいう「請求」に該当します。

 次にB「承認」とは、債権の消滅時効が問題となる場面では、債務者が自ら債務を負っていると認める旨の意思表示をすることです。たとえば、債務者が、債権者に対して、「私は○○さんに、金100万円を借りました。」と一筆差し入れることは、ここでいう「承認」に当たります。さらに、債務者が、債権者に対して、債務の一部を返済することも、返済という行為によって黙示の「承認」をしたことになります。

 A「差押、仮差押又は仮処分」については、分かり易いので、説明は省略しますが、@〜Bの中断事由は、いずれも権利不行使の状態を破るという点で共通しています。

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posted by 司法書士 前田 at 11:10| Comment(0) | 金銭トラブル