2018年08月21日

税という名の債務


多重債務について相談を受けていると、多くの人が税について誤解していることに気づかされます。そこで、今回は、債権・債務という観点から税について考えてみることにしましょう。

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1 税の特徴:私債権・債務との比較
(1) 趣旨

税は、国や地方公共団体等、公権力の活動を支える原資です。公権力の借金(国債等)もいずれ税による償還を予定しているので、結局、税が原資であることに変わりません。

あまりに当たり前のことですが、この実感を欠いている人はかなり多いようです。「役所(=公権力)のやることはタダ(=無料)だ。」という勘違いは、珍しくはありません。しかし、公権力が行う個々の活動と税との対価関係を観念しづらいとは言え、公権力の活動は実は全て「有料」なのです。

したがって、税の賦課・徴収とは、単純化すれば、公権力の活動費の請求なのです。このことから、税は、個別の合意を要せず公権力によって、大量・反復的に賦課されるものであるという特徴が生じます。

これは、私債権・債務が合意(契約等)に基づいて発生するのと異なっています。実は、税に関する「合意」は、民主主義の過程に昇華されてしまって、普段意識されないようになっているのです。税が必ず法律に基づいたものでなければならないとされるのは、このためです(日本国憲法第84条)。



(2) 自力執行力とは
ほとんどの債権には、「執行力」が備わっています。私債権の執行力とは、確定判決を債務名義として強制的に債権回収することのできる性質のことです。これは、裏を返せば、債権者であっても、自ら無理やり債務者の財産を奪うこと(=自力救済)は許されず、債務者に対する勝訴判決を取る等の一定の手続を経なければならないということを意味します。

これに対して、税には、「自力執行力」が備わっています。自力執行力とは、滞納された税を、公権力が自ら強制的に徴収することのできる性質のことです。滞納税を強制的に徴収する手続のことを「滞納処分」と呼びます。公権力は、裁判等の手続を経ることなく、直接に滞納者財産を差押・換価して、徴税目的を達することができるのです。

国税の滞納処分の手続については国税徴収法が規定し、これが他の租税公課にも準用されます(地方税法第48条第1項、国民年金法第96条第4項等)。


(3) 徴収権の消滅時効
私債権は、原則として権利を行使できるときから10年間行使されない状態が続けば、時効により消滅します(民法第167条第1項)。ただし、期間の経過によっていきなり債権が消滅するのではなくて、時効の利益を受ける者によって「援用」される必要があります(民法第145条)。また、債権の時効消滅を防ぐ「中断」のためには、債権者は、債務者に対して訴訟を提起する等の手段を取らなければなりません(民法第147条第1号)。

* 平成29年民法改正(平成32年施行)により、債権の時効に関する規律は大きく変更されました。上の説明は、現行法に基づいています。

税の徴収権も、原則として納期限から起算して5年間行使されない状態が続けば、時効により消滅します(国税通則法第72条第1項、地方税法第18条第1項等)。しかし、徴収権は、期間が経過すればそれだけで消滅するのであって、時効の利益を受ける者による援用を必要としません(国税通則法第72条第2項、地方税法第18条第2項等)。反面、徴収権の消滅時効は、「督促」等によって容易に中断されてしまいます(国税通則法第73条第1項第4号、地方税法第18条の2第1項第2号等)。


(4) 破産手続における優先
破産手続において、税は、優先的破産債権とされ、さらに、その中でも、最も優先順位が高いとされます(破産法第98条、国税徴収法第8条等)。よって、配当手続によらずにこれを弁済したとしても、「否認」対象行為(破産法第163条第3項)にも、「偏頗弁済」(破産法第252条第1項第3号)にも当たりません。

また、同じ趣旨で、破産手続開始決定前に行われた税の滞納処分の効果は、開始決定にもかかわらず続行するとされています(破産法第43条第2項)。公権力が、破産手続中にもかかわらず、差押えた破産者の財産からいち早く満足を得ることができるのです。このことは、私債権による差押等が開始決定により失効してしまうここと対照的です(破産法第42条第2項)。

さらに、個人の破産者にとっては免責を受けることが自己破産のほとんど唯一の目的とも言えますが、納税義務は免責されることもありません(破産法第253条第1項第1号)。



2 公課との共通性
公課とは、「滞納処分の例により徴収することができる債権のうち国税・・及び地方税以外のものをいう」(国税徴収法第2条第5号)とされています。税以外の公的な金銭負担のことです。代表的な公課は、健康保険料、社会保険料等です。

公課も、税と同様の性質を持つことから、上記1で述べた税の特徴の多くが当てはまります。



3 まとめ
税を誤解している人は、納税を後回しにしがちです。あたかも税を最劣後債権であるかのように扱ってしまうというわけです。しかし、上で見たとおり、税は、最優先の債権であって、裁判等の手続を要せずに差押・換価できる性質を持った非常に強い債権です。さらに、破産免責を受けたとしても、納税義務を免れることは出来ません。

よって、税を滞納してしまったら、税務当局(税務署、市役所等)との間で、なるべく早めに分納や延納の交渉をすべきでしょう。この点だけは、私債権よりもずっと容易なはずなのですから。








posted by 司法書士 前田 at 09:31| Comment(0) | 金銭トラブル

2018年07月21日

投資詐欺に注意!


一見治安の良い日本は、実は、詐欺天国です。ところが、先日発表された警察庁の統計によれば、今年上半期の詐欺の認知件数はたったの2499件(全国)に過ぎません。もちろん、これは、詐欺事件の発生件数が少ないということを意味するのではなくて、警察の詐欺に対する極端な消極姿勢を示すものであると理解すべきでしょう。つまり、「見て見ぬふり」の恥ずべき成果です。

結局、騙されてから警察をあてにするより、自分の財産は自分で守るという姿勢が大事なのです。そこで今回は、特に高齢者を中心に被害の多い投資詐欺について考えてみることにしましょう。
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1 投資詐欺の仕組
典型的な投資詐欺は、運用実態がないにもかかわらず、高利回りの配当を約束して広範に投資を募る手口のことです。80年代の豊田商事事件(存在しない金への投資)、バブル期の大和都市管財事件(資産的裏付けのない抵当証券への投資)、90年代のオレンジ共済組合事件(運用実態のない「オレンジスーパー定期」)等が代表例です。

投資詐欺は、運用実績を偽装するため、新たに騙し取った被害金の一部を別の被害者に「配当」したり、被害者に対して虚偽内容の運用報告書を交付したりします。このため、投資が成功していると誤信した被害者が、さらに投資額を増やしたり、知人や親族にも投資を勧めたりしてしまうこともあります。

被害者から得た金銭の一部を別の被害者に配るという点、親族や知人のネットワークを通じて被害が拡大してしまいがちであるという点、あらたな加入者と資金の流入が枯渇するまで犯罪が続くという点等、投資詐欺は、「ねずみ講」にも重なるような特徴を持っています。

ところで、投資詐欺は、英語でPonzi Scheme (ポンジー・スキーム)とも呼ばれます。この名称は、20世紀初頭の詐欺師チャールズ・ポンジー Charles Ponziが、国際郵便切手への投資を装った有名な詐欺事件に由来しています。要するに、この手口は、古典的なものなのです。外見たる投資対象が、郵便切手、株式、公社債、金、原油、商品、先物、外貨、レセプト債、古民家再生/途上国支援/エンジェル起業支援クラウドファンディング、仮想通貨・・と流行のように変化するだけで、結局、昔ながらの万国共通の手口に過ぎません。



2 出資法、金融商品取引法等との関係
投資詐欺は、詐欺罪(刑法第246条)の他に、「出資の受入れ、預り金及び金利の取り締まりに関する法律」(以下、「出資法」という。)や金融商品取引法(以下、「金商法」という。)違反等の罪とも競合することの多い手口です。

出資法は、不特定多数の者から元本保証や利息の約束のもとに出資を受け入れることや、預金受入れ業務をすること等を禁じ、これらの違反に対して罰則を定めています(出資法第8条第3項)。また、金商法は、金融商品の取引に関して、取引業者等の登録や一定事項についての届出・書類交付・開示等の義務を定めており、これらの違反に対し罰則を定めています(金商法第8章)。

しかし、投資詐欺においては、脱法的手段が利用されることが常で、目の前で行われている行為が上記のような法律に違反するか否かを見極めるのは、一般の市民にとって極めて困難だといえるでしょう。

例えば、高利回りを謳った「干し柿の買戻特約付売買」という複雑な契約で、高齢者を中心とした多くの被害者から多額の出資を募っているような悪質な業者も現実に存在します。この業者は、干し柿(実際に存在するのかもわからないような)を売っているだけで、何の法律にも抵触していないとでも言い逃れるつもりなのでしょう。



3 手を出すな
結局、一般市民にとって一番の防御策は、怪しげな取引に首を突っ込まないことに尽きます。以下のチェックリストの一つにでも当てはまったら、手を出さないように注意してください。家族等周囲の人達が注意してあげることも大切です。

□ 運営主体は、証券会社でもなければ、銀行でもない。
□ 元本保証、高利回りを謳っている。
□ 収益の仕組が理解できない。
□ 契約内容が複雑である。
□ 資産の運用状況を検証する手段がない。
□ セミナーへのお誘いが頻繁である。
□ 派手なイベントを開催している。
□ 有名人の推薦文がついている。
□ 会員数が多いことをやたら自慢している。



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(米証券業界の重鎮、バーナード・マドフ氏。実は詐欺師でした。)


posted by 司法書士 前田 at 15:10| Comment(0) | 金銭トラブル

2018年07月04日

マルチ商法はお断り!


マルチ商法は、「無限連鎖講の防止に関する法律」で禁止される「ねずみ講」とは法律的に区別されていますが、どちらも社会一般にとって有害なものです。だいたい国民生活センターだけでも年間1万件を超える苦情や相談がよせられるような手口がまともな商売であるわけがありません。

そこで、今回は、特に若い世代向けの注意喚起として、マルチ商法について考えてみることにしましょう。



1 マルチ商法とは
「マルチ商法 」、「MLM(Multi-Level Marketing) 」、「ネットワークビジネス」などと呼ばれる取引手法は、全て同じものです。これらは、「連鎖販売取引」として「特定商取引に関する法律」(以下、「法」という。)の規制対象になっています。

マルチ商法は、次の要件を備えた取引です(法第33条第1項)。

ア 物品の販売(又は役務の提供)の事業であって、
イ 物品の販売(又は役務の提供)をする者を、
ウ 特定利益を収受しうることをもって誘引し、
エ その者と特定負担を伴う販売(又は役務の提供)をするもの。

これを分かりやすく図式化すると、次のようなピラミッド型の販売(又は役務提供)組織になります。

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マルチ商法の組織は、A(「統括者」)がB及びCを物品の再販売をする者(ディストリビューター)として勧誘し、BがさらにD及びEを勧誘し・・という具合に末端のディストリビューターH~Oへと広がって行きます。組織の構造は、ねずみ講のそれと同じです。ここで、Oが売り上げをあげれば、その一部がGに上納され、さらにその一部がCに上納され、更にその一部がAに上納されます。上記ウ・エの特定利益や特定負担とは、このような上納金を含んだ金銭等のやり取りのことを指します。

マルチ商法は、組織的な販売形態ですが、統括者とディストリビューターとの間にも、上位ディストリビューターと下位ディストリビューターの間にも雇用関係はありません。ディストリビューターは、それぞれ独立した事業者として、自己責任でこの仕組みに参加しているだけです。

これは、一見すると、仲買や卸業者が複数介在する通常の売買取引にも似ていますが、大きく異なるのは、上納金等の負担があるという点です。通常の取引ならば、小売業者は、仕入代金を支払ってしまえば、商品の売り上げに関して仕入先に対する義務を負いません。これに対して、マルチ商法においては、売り上げや卸しの各レベルで上納金等を納めなければならない仕組になっているのです。

また、物品の販売等を事業とすると言っても、マルチ商法においては、これは単に新たなディストリビューターを勧誘するための方便でしかありません。一般消費者向けに販売等することは、マルチ商法の関係者にとっては関心外のことなのです。つまり、マルチ商法とは、ディストリビューターをたくさんかき集めて、組織内部で販売対価(卸価)、会費、上納金、セミナー料、その他名目を問わず搾り取ることが目的となっている取引手口なのです。

マルチ商法とねずみ講とが異なるのは物品の販売等が介在しているという点ですが、それも単にディストリビューターを集めるための方便でしかありません。よって、両者に本質的な差はありません。さらに販売等事業の実体が薄ければ、正真正銘のねずみ講と言っても構わないでしょう(さいたま地方裁判所判決平成18年7月19日等)。



2 「違法でない」から大丈夫か?
マルチ商法が「違法でない」とか「合法である」とか言うのは、誤解を誘導する営業トークです。合法の中身も、真っ白なものから、マルチ商法のように黒に近いものまでいろいろあるのです。

マルチ商法がねずみ講に類似する有害な取引手法であることから、法は、これを行う者に対し、次のような規制をかけています(法第33条の2以下)。もし、マルチ商法が、その支持者たちの言うように全く問題のないものであるのならば、そもそも多くの規制など必要ないはずでしょう。

・ 氏名・勧誘目的等の明示義務
・ 事実の不告知、不実の告知、威迫等の禁止
・ 広告への一定事項の表示義務
・ 誇大広告の禁止、これに関する主務大臣への資料提供義務
・ 契約締結前の書面交付義務

上記規制の違反行為に対しては、経済産業大臣等が必要な措置を取ることを指示したり取引停止を命じたりすることができる(法第38、39条)他、書面交付義務等の一部違反については罰則も定められています(法第71条等)。

しかし、ディストリビューターが独立した事業者であるため、これらの規制がきちんと機能しているかどうかは疑問とせざるを得ません。現に、勧誘目的を隠して誘い出したり、不実を告知して勧誘したりするのは、マルチ商法では常套的な営業手口です。ディストリビューターは、親族、友人、知人、元同級生、職場の同僚等、ありとあらゆるツテを頼って勧誘活動を行うのですから、情義の裏に真実を隠しておきたいというインセンティブが強く働くのが道理というものでしょう。

法律違反の行為があっても、マルチ商法の主催者側は、末端のディストリビューターがやったことに対して何の責任もないと言い逃れてしまうわけです。



3 対抗手段
(1) クーリングオフ等
マルチ商法に関する契約をしてしまった場合でも、契約の効果を消滅させる手段が用意されています。

まず、契約してから日が浅い場合には「クーリングオフ」の利用を検討すべきです。クーリングオフとは、一方的な書面通知により無条件で契約を解除する制度です。ただし、クーリングオフの行使には期間制限があり、法37条2項所定の事項を記載した書面の交付を受けた日又は当該契約にかかる商品の最初の引渡しを受けた日のうちの遅いほうから起算して20日以内に行使する必要があります(法第40条第1項)。

ここでクーリングオフの効力は通知発信の時に生じるため、ちょうど20日目に郵便を発送しても有効です(法第40条第2項)。そもそも適式な書面交付の義務が果たされていない場合には、期間制限を気にせずにいつでもクーリングオフできます。

また、統括者や上位ディストリビューターが「この契約はクーリングオフできない。」と嘘をつく等してクーリングオフを妨害することがよくありますが、このような場合には、クーリングオフできる旨の書面があらためて交付されてから20日以内であれば、クーリングオフできます(法第40条第1項)。妨害行為後に、このような書面が交付されていないのであれば、期間制限を気にせずにいつでもクーリングオフできるということです。

さらに、クーリングオフの期間が経過してしまった場合でも、将来に向かって一方的に解約を行うことは可能です(法第40条の2第1項)。そのようにして解約を行った者のうち、入会後1年以内であることや商品の引渡し後90日以内である等の一定の条件に該当すれば、抱えた在庫を返品して適正な額の返金を受けることも可能です(法第40条の2第2項)。


(2) 巻き込まれないこと
マルチ商法に対する一番賢い対応は、最初からこれに巻き込まれないようにすることです。

経済的リテラシーの不十分な若い人は、マルチ商法に巻き込まれてしまう危険が高いと言えます。また、性別については、ディストリビューターの7〜8割は女性だと言われています。

以下は、マルチ商法のチェックリストです。どれか一つにでも当てはまったら、きっぱりと断ることが大事です。


マルチ商法チェックリスト
□ 「自宅で始められる仕事」、「安定収入」、「低リスク・高リターン」という謳い文句。
□ 「ねずみ講ではないから違法でない」を強調する。
□ 「アップライン」、「ダウンライン」が日常用語である。
□ 「ビジネス」、「起業」、「オーナー」、「革新」、「特別」、「奇跡」等の単語が飛び交う。
□ スターターキット、投資、購入、会費、セミナー等、やたらお金がかかる。
□ 親族や知人を勧誘することを事実上強いられる。
□ 報酬や販売の仕組が複雑である。
□ 物を買うだけのことを特権であるかのごとくありがたがらせる。
□ 「プラチナ」、「ダイヤモンド」等と変な名前のついた昇進制度がある。
□ 一般消費者への販売よりも、他者を誘い入れることに熱心である。
□ 取り扱う商品が、ネットオークションに大量出品されている。
□ 最近テレビで見ない芸能人の出演する奇妙なイベントで盛り上がる。
□ カルト(新興宗教)の雰囲気が漂う。
□ 夢のような良い話ばかりされる。







posted by 司法書士 前田 at 17:49| Comment(0) | 金銭トラブル

2018年05月24日

「妻(又は夫)に内緒で債務を整理できますか?」(債務整理の方針について)

多重債務について相談を受けていると、よく聞かれる質問があります。それは、「妻(又は夫)に内緒で債務を整理できますか?」というものです。

この質問に対して、私は「配偶者に内緒でするような債務整理の依頼は受けません。」と回答します。以下は、その理由です。
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1 「内緒で債務整理」=「内緒で借金」
債務整理というのは、債務者の経済的更生を目的として行うものです。生活が立ち行かなくなるほど膨らんでしまった債務を一旦リセットすることによって、生活を再建するための手続だということです。

ところが、配偶者に内緒で債務整理したいと考える人は、配偶者に内緒で借金をしたために、その処理も内緒にしておこうと考えているわけです。そんな人は、配偶者にバレさえしなければ、同じことを繰り返すのでしょう。また、生活再建のためには、配偶者の協力は不可欠です。

つまり、配偶者に内緒で債務整理しても、債務整理の目的は達成できない、無駄ということです。



2 「財布が一緒」の関係
もちろん、夫婦であっても、原則として財産は個人に帰属(例外:民法第762条第2項「夫婦共有財産」)し、債務も個人が負担します(例外:民法第761条「日常家事債務」)。したがって、例外的な場合を除けば、夫(又は妻)の債務を妻(又は夫)が返済する義務はないし、夫(又は妻)の債権者が妻(又は夫)の財産を差し押さえることもありません。

ということは、配偶者に内緒で債務整理することについて、法的には問題ないということです。

しかし、夫婦は、実質的に「財布が一緒」という関係にあります。この意味は、夫婦の一方の収支だけを見て赤字か黒字かを判断することができないということです。また、一方が債務超過に陥った原因も、その人だけにあるとは言えないということでもあります。

例えば、妻が、生活費の不足をやりくりするために、キャッシングを繰り返したりクレジットのリボ払いをしたりしているうちに債務が返済できないほど膨らんでしまったという場合、その債務は、妻の衣食住だけを満たしたのではないでしょう。つまり、極端な例を除けば、配偶者の一方が、他方の債務について全く関与なしということはないのです。

よって、配偶者に内緒で債務整理するということは、債務の実態及び原因から目をそらすのと同じです。

私は、現実に向き合おうとしない人に生活を再建できるとは思いません。



3 債務整理の方法
債務整理には、主に、任意整理、再生及び破産という三つの方法があります。

任意整理というのは、いわゆる「リスケ」のことです。一括では返済ができない規模の債務について、実現可能な分割払いの計画を立てて、債権者ごとにこの計画に対して私的な合意を取り付けることです。

これは、支払不能に至らない程度の「軽症の」債務の場合に妥当な方法です。そして、任意整理できるのであれば、例外的に、配偶者に内緒にしておいても構わないかもしれません。というのも、任意整理においては、債務者自身が責任を果たす(=債務を完済する)と言っているわけですから。

しかし、「軽症な」債務整理の事案は非常に稀です。多くの多重債務者は、「手遅れ」になってからでないと専門家のもとを訪れて来ないのです。

「手遅れ」の人にとっての債務整理は、破産か再生の方法くらいしかありません。これらは、裁判所を利用した債務整理の方法(=法的整理)です。法的整理によって、合法的に債務の全部又は大部分を踏み倒すのです。

法的整理を受任した専門家にとっては、手続きを迅速に遂行することは、依頼者に対する義務であるとともに、債権者に対する義務でもあります。したがって、ここでは、債務を踏み倒そうとする依頼者の希望ばかりを優先して、手続きを遅延することは許されないのです。

さらに、申立債務者に同居の家族がいる場合、法的整理の過程でその家族の協力が不可欠であるような事態が多々生じます。つまり、配偶者に内緒では、法的整理の障害になってしまうのです。



Q「妻(又は夫)に内緒で債務を整理できますか?」

A「私は、そんな債務整理の依頼は受けません。私は、手続遅延の恐れがあるような条件付きの依頼を受けるほど無責任ではありません。」




posted by 司法書士 前田 at 18:31| Comment(0) | 金銭トラブル

2018年05月07日

オートローンで買った自動車と破産及び個人再生 (最判平成22年6月4日と最判平成29年12月7日)

信販会社の「オートローン」を利用して買った自動車は、ローンの支払を一定期間遅滞すると、信販会社に取り上げられてしまいます。信販会社がこのようにするのは、中古自動車の残存価値から残債権を回収しようとするためです。

今回は、破産や個人再生(以下「破産等」という。)におけるオートローン返済途中の自動車の扱いについて考えてみましょう。借金で首が回らなくなった人が高価な自動車に乗っているというのは皮肉ですが、ごくありふれたものです。
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1 所有権留保とは
(1) 自動車売買における所有権留保とは
「所有権留保」とは、典型的には、割賦販売における代金債権を担保するために、買主への目的物引渡後もその所有権を売主に留保しておくというものです。このように担保目的で留保された所有権を「留保所有権」と呼びます。所有権留保は担保を目的としているに過ぎないので、買主は、目的物を自由に使用することができます。

所有権留保が利用される典型は、自動車の売買においてです。これは、登録制度により権利関係が分かりやすいうえに、中古市場が発達しており評価・換価が容易であるためです。

オートローンを利用した自動車の売買においては、信販会社(例:○○ファイナンス株式会社)を所有者として登録したり、販売会社(例:△△自動車販売株式会社)を所有者として登録したりすることによって代金等の債権を担保します。信販会社と販売会社のどちらが所有者として登録されるのかという点は、一貫した理由にもとづいて決まっているわけではありません。

例えば、売買と同時に信販会社が販売会社に対して一括で代金を立替払いするというような内容の契約であれば、信販会社が所有者として登録されるのが自然でしょう。なぜなら、立替金の求償債権を保全する必要があるのは、信販会社であるからです。しかし、この場合でも、販売会社に所有権が留保される例が多く見られます。

これに対して、信販会社が買主の(販売会社に対する)売買代金債務を保証するというような内容の契約であれば、販売会社が所有者として登録されることになるのが自然でしょう。なぜなら、売買代金債権を保全する必要があるのは、販売会社であるからです。しかし、必ずしもそのように決まっているわけではありません。

ここで登録上の所有者を誰にするかという問題は、販売側(販売会社及び信販会社)の都合であって、買主となる一般の消費者にとっては意識されることすらありません。しかし、破産等の倒産処理において、このことが問題になることがあります。


(2) 債権者平等原則と別除権
破産等の手続においては、多数の債権者について債務者の財産についての法律関係を集団的・包括的に処理するため、「債権者平等」を原則とします。一部の債権者の抜け駆けを許さないということです。したがって、例外として他よりも優先又は劣後すべき種類の債権についても、その順位は法律によって定まっています(破産法第98条等)。

一方で、債権者の中には、予めその債権の優先的回収を確保するために抵当権等の担保権を設定している用意周到な者もいます。これらの担保権者は、破産等が開始しても、その権利行使を制限されるいわれはありません。もともと、債務者が破産等するような事態に備えて担保権を設定していたわけですから。

そこで、一定の担保権は、破産等の手続外で行使することができるとされています(破産法65条第1項)。このような担保権のことを「別除権」と呼びます。別除権とされるのは、典型担保である特別の先取特権、質権及び抵当権(破産法第2条)に加えて、非典型担保である譲渡担保及び所有権留保も含まれると解されています。

したがって、自動車の所有権を留保している信販会社は、別除権を行使することができます。つまり、信販会社は、買主の破産等の手続にかかわりなく、自動車を引き揚げて、その換価金から自らの債権を回収することができるというわけです。

ところが、販売会社に自動車の所有権が留保されている場合、信販会社が別除権を行使できるかどうかについて問題があります。つまり、信販会社が別除権を行使する際の対抗要件として登録名義が販売会社のままでも十分といえるかという問題です。別除権は、債権者平等原則との関係上、他の債権者にも対抗できるものでなくてはなりません。

この問題について、結論を異にする二つの判例が存在します。


2 二つの判例の意味
(1) 最判平成22年6月4日
この判例は、所有権が販売会社に留保されていた自動車の買主について個人再生手続が開始したときに、信販会社が別除権を行使できるかが問題となった事例についてのものです。結論として、別除権の行使が否定されました。

裁判所が認定した本事案におけるオートローン契約の内容は、概略、次のようなものです。

買主、販売会社及び信販会社は、三者間において、買主が、販売会社から自動車を買い受けるとともに、売買代金を自己に代わって販売会社に立替払することを信販会社に委託すること、自動車の所有権が買主に対する債権の担保を目的として留保されることなどを主たる内容とする契約を締結した。また、買主は、販売会社に留保されている自動車の所有権が、信販会社が売買代金を立替払することにより信販会社に移転し、買主が立替金等(立替手数料を含む)債務を完済するまで信販会社に留保されることを承諾した。

上の契約内容のもとで、最判平成22年6月4日は信販会社の別除権行使を否定しましたが、その理由は、概略、次のようなものです。

本件三者契約は、販売会社において留保していた所有権が代位により信販会社に移転することを確認したものではなく、信販会社が、立替金等債権を担保するために、販売会社から自動車の所有権の移転を受け、これを留保することを合意したものと解するのが相当である。そして、再生手続が開始した場合において再生債務者(=買主)の財産について別除権の行使が認められるためには、債権者平等原則の趣旨から、再生手続開始の時点で別除権たる担保権につき対抗要件としての登録を具備している必要があるのであって(民事再生法第45条参照)、本件自動車につき,再生手続開始の時点で信販会社を所有者とする登録がされていない限り、信販会社が別除権を行使することは許されない。

ここで「代位」というのは、債務者に代わって第三者が弁済した場合に、第三者の債務者に対する求償権を確保するために、債権者の持っていた本来弁済によって消滅するはずの原債権及び担保権を存続させ、それらを第三者に移転するという制度(民法第499条、第500条)のことです。本判例は、留保所有権の移転は、代位によって生じたのではなく、当事者の合意によって生じたものと解しています。


(2) 最判平成29年12月7日
この判例は、所有権が販売店に留保されていた自動車の買主について破産手続きが開始したときに、信販会社が別除権を行使できるかが問題となった事例についてのものです。結論として、別除権の行使が認容されました。

裁判所が認定した本事案におけるオートローン契約の内容は、概略、次のようなものです。

買主、販売会社及び信販会社は、三者間において、販売会社が買主に対し自動車を割賦払の約定で売却すること、売買代金債権を担保するため販売会社に自動車の所有権が留保されること、信販会社が買主の委託を受けて買主の販売会社に対する売買代金債務を連帯保証することなどを内容とする契約を書面により締結した。

上の契約内容のもとで、最判平成29年12月7日は信販会社の別除権行使を認容しましたが、その理由は、概略、次のようなものです。

保証人たる信販会社は、主債務である売買代金債務の弁済をするについて正当な利益を有しており、弁済によって買主に対して取得する求償権を確保するために、留保所有権を法律上当然に代位取得する(民法第500条)。そして、買主の破産手続開始の時点において販売会社を所有者とする登録がされている自動車については、所有権留保されていることは予測し得るというべきであるから、信販会社は、自動車につき信販会社を所有者とする登録なくして、所有権留保を別除権として行使することができるものというべきである。
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(3) 判断を分けたのは何か?
上記二つの判例の結論を分けたのは、販売会社から信販会社への留保所有権の移転が、合意によって生じたのか(最判平成22年6月4日)、代位によって生じたのか(最判平成29年12月7日)という点です。前者においては信販会社について対抗要件(=登録)の具備が必要であるのに対して、後者であれば販売会社についての対抗要件があれば充分であると判断されました。この区別は分かりやすいと言えます。

破産等の手続に関わる実務家にとって、両判例は、オートローン返済途中の自動車の扱いについて明確な基準を示したものとして重要な意味を持ちます。また、両判例を受けて、オートローンの契約条項の改定や担保実務の改善等も進むことでしょう。もっとも、両判例の結論が正反対になったことについて、信販会社の多くが販売会社と一体の関係にあるという現実に照らして、私自身としては非常に違和感を覚えますが。





posted by 司法書士 前田 at 17:44| Comment(0) | 金銭トラブル