2018年08月16日

不動産取引におけるエスクローの活用について


不動産取引の一端(私の司法書士業も含め)にでも関われば、そこがいかに内部者の論理に支配された不透明で非合理な場であるかを目の当たりにします。そこでは、本来主役たるべき取引当事者の利益は、蔑ろにされがちです。

そこで今回は、問題だらけの現状への解決策の一つとして、アメリカの不動産取引で広く利用されている「エスクロー」( escrow )という決済の仕組について概観するとともに、日本で同様の仕組を導入する困難についても考えてみることにしましょう。

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1 不動産取引の特徴
不動産取引の一般的特徴は、「赤の他人(売主/買主/金融機関)同士が、唯一無二の個性を持った財産(不動産)をめぐって、高額取引(売買/ローン)を行う。」ということです。この特徴のため、不動産取引には様々な不安が伴います。主なものだけ次に挙げてみました。

ア 相手方当事者は誠実か?(相互の義務履行確保の問題)
イ 仲介者は誠実か?(利益相反の問題)
ウ 対象物件の価値・品質は適正か?(評価、瑕疵修補責任等の問題)

売買契約の当事者は互いに義務を負います。例えば、売主の主な義務は、買主に対して物件を引渡すことです。これに対して、買主の主な義務は、売主に対して代金を支払うことです。しかし、この当たり前の相互の義務履行を確保することには、意外に落し穴が多いものです。例えば、最近有名になった「地面師」という詐欺の手口は、簡単に言えば、売主を装った詐欺師が、物件の所有権を引渡すことなしに、買主から代金だけだまし取ってしまうというものです。相手方をよく知らないということは、それ自体がリスクなのです。

また、不動産取引において赤の他人同士を結び付けるという役割を担っている仲介業者にも問題があります。建前のうえでは、仲介業者は、依頼者であるそれぞれの取引当事者(売主又は買主)の利益の最大化を志向すべき立場です。しかし、取引の重要情報が仲介業者に偏在し容易に操作される現状では、彼らが当事者よりも自己の利益を優先して行動するのは人の性(さが)でしょう。狐に鶏小屋の番をさせるような取引の仕組に問題があるのです。

さらに、これから不動産を購入しようとする素人の(=不動産業界関係者でない)買主にとって、初めて接する物件の価額が適正であるかを見極めることは困難です。判断ための情報は、不足しているか、一方的なものでしかないか、又は入手方法すら分からないか、のどれかでしょう。また、買主には、購入前に物件を主体的に検査( home inspection インスペクション)する機会も事実上ありません。つまり、素人にとって、不動産の購入は、イチかバチかに近いものです。購入後に重大な欠陥が判明した場合、その責任のほとんどは買主に掛かってしまいます。

最後に、購入資金がローンである場合、担保対象の不動産の価値は金融機関にとっても重要であるはずです。しかし、金融機関には不動産の価値を判定するノウハウが大幅に不足しているのが現状です。超低金利の現在、担保価値を逸脱した融資がなされることも珍しくはありませんが、このようなことは非常に不健全です。


アメリカでは、上記のような不安を解消するため、不動産取引において「エスクロー」という決済の仕組が広く利用されています。



2 エスクローとは
(1) エスクローの基本
エスクローとは、簡単に言えば、中立の第三者機関「エスクロー・エージェント」( escrow agent )が当事者の義務履行を監督する決済方法です。エスクローは、不動産取引に限定されるわけではなくて、赤の他人同士(隔地者間)の定型的取引であれば、何にでも利用することができます。取引金額の多寡も関係ありません。

例えば、ヤフー・オークションで用いられる「ヤフーかんたん決済」は、多くの人にとって既にお馴染みのエスクローです。ここでは、ヤフー社(=エスクロー・エージェント)が落札者から入金された代金を一旦留保して、商品の受領を確認した後に出品者に送金するのです。たったこれだけのことで、代金を振り込んだのに商品が送られてこない(逆に、商品を送ったのに代金が振り込まれない)というネット取引の典型的トラブルを防いでいるのです。不動産取引におけるエスクローも、基本は同じです。


(2) 不動産取引におけるエスクロー
まず、売主と買主が締結する売買契約の中身として、次のような諸点が定められます。

ア 物件、当事者、代金価額、手付
イ 決済日
ウ エスクロー利用に関する事項
エ その他条件
  ・ 権利(所有権登録確認、旧担保権・利用権抹消登録確認等)
  ・ 建物等検査(インスペクション)
  ・ 融資に関する事項
  ・ 保険(権利、損害)利用に関する事項

売買契約締結の後、両当事者の依頼を受けたエスクロー・エージェントによって「エスクロー口座」( escrow account )が開設されます。エスクロー口座というのは、一定期間(不動産取引なら通常2カ月)だけ存続する一種の信託口座です。両当事者の義務を保管するための「容器」のようなものと考えると、分かりやすいでしょう。

売主側は、対象不動産の所有権を証明し、旧担保権等を抹消し、建物のインスペクションを受け入れる等の義務があります。

まず、全国統一の登記制度がないアメリカでは、売主の所有権証明のためには、専門の機関による調査( title search )を要します。ここでは、公共機関への所有権の登録履歴や、完全な所有権取得の障害となるような権利がついたままになっていないか等が調査されます。万が一の権利覆滅の危険に備えて、権利保険( title insurance )が利用されることもあります。

次に、売主は、買主のインスペクションを受け入れなければなりません。インスペクションの項目として一般的なのは、基礎、シロアリ、配管等の検査です。ここで重大な瑕疵が発見されれば、決済前に修補責任をどちらが負担するかが交渉されたり、契約が解除されたりします。

また、もし対象不動産が担保に供されているのであれば、売主は、決済までに債権者との間で、担保権抹消の準備を調えておかなければなりません。

一方、買主側は、手付、売買代金や諸手数料を支払う等の義務があります。もし、買主がローンを利用するのであれば、決められた期間のうちに融資を確保する必要が生じます。融資申込みを受けた金融機関の側では、前提として、対象不動産を評価( appraisal )しなければなりません。融資が承認されなければ、売買契約は解除されます。

上記一連の義務履行のための行為は、エスクロー口座に対して順次行われます。エスクロー口座という「容器」を履行された義務で満たしていくというイメージです。エスクロー・エージェントは、当事者の義務が全て果たされた(容器が満杯になった)ことを確認した後に、「決済」を行います。すなわち、売主に対しては売買代金を支払い、買主に対しては所有権登録をし、その他関係者に対してはそれぞれ応じた手続を行い、最後にエスクロー口座を閉鎖( closing of an escrow account )するのです。



3 日本にエスクローを導入する難しさ
日本には、「エスクロー法」なる法律は存在しません。また、エスクローは「為替取引」の一種であるため、これを行うためには銀行業の免許を受けなければなりません(銀行法第第4条第1項)。さらに、一時的に売買代金等を滞留させることも、預金の性質を有するため、銀行以外の者が行うことができません(「出資の受入れ、預り金及び金利の取り締まりに関する法律」第2条等)。

実は、上に挙げたヤフーかんたん決済は、「資金決済に関する法律」(以下、「資金決済法」という。)によって、「資金移動業者」の登録を受けた会社等が例外的に行うことのできる為替取引という位置づけをされています(資金決済法第37条)。ただし、取引額が比較的少額に制限されており、不動産取引には利用できません。また、資金移動業者の倒産から利用者を保護するため、資金移動業者は、十分な履行保証金を供託しなければなりません(資金決済法第43条等)。

では、現行の法律の範囲内で、不動産取引等(取扱金額が大きい取引)にエスクロー(的な仕組)を利用することはできるでしょうか?この疑問に対しては、できるとも、できないとも答えられるでしょう。

エスクローは、一種の信託でもあります。信託について本稿では説明を省略します(「信託とは」http://wakaba-office.biz/column/20141113.html)が、簡略化すれば、資産管理権者である「受託者」を中心として、出資者である「委託者」と資産運用の恩恵を受ける「受益者」という3者が登場する法的枠組のことです。これと同様に、エスクローも、エスクロー・エージェント=受託者を中心とした3者間の信託であると解することができます。現在日本で行われている不動産エスクロー取引は、信託法の枠組を借用したもののようです。

しかし、エスクローを一般化するためには、それを規律する特別の法律が不可欠と考えられます。というのも、通常の信託とは異なり、エスクローにおける当事者は、当然に委託者でも受益者でもあるからです。また、エスクローの目的・期間等も定型的であって、信託のオーダーメード的な仕組とは大きく異なります。一回の取引規模が数十億円にもなるのであればその都度エスクロー的信託契約を締結しても良いのかも知れませんが、一般のマイホーム購入等に利用するには不便でしょう。

他方で、今後、インターネットでの不動産情報の公開が、内部者の予想を超えて進むかもしれません。つまり、赤の他人同士が、ネットの不動産情報を通じて直接(仲介業者抜きで)出会う機会が増えるということです。そうなれば、赤の他人間の高額取引を円滑・安全・適正に進めるきちんとした法的枠組を整備することが急務でしょう。



4 おまけ:日本版インスペクション
(1) インスペクション告知の義務等
本年(2018年)4月、既存住宅(中古住宅)のインスペクション告知の義務等を規定した改正宅地建物取引業法(以下、「宅建業法」という。)が施行されました。この改正は、欧米に比べて既存住宅の流通割合が極端に低い日本の住宅市場の活性化を意図したものです。

主な改正点としては、まず、媒介契約締結時に、仲介業者が、インスペクション業者をあっせんすることの可否を示し、依頼者の意向に応じてあっせんを行うこととされました(宅建業法第34条の2第1項第4号)。次に、売買契約締結前に行われる重要事項説明の際、仲介業者が、インスペクション実施の有無及びその結果を示さなければならないこととされました(宅建業法第35条第1項第6の2号)。さらに、売買契約に際しては、建物の構造耐力上主要な部分(基礎、外壁等)の現況を当事者双方が確認し、仲介業者がそれを書面として交付しなければならないとされました(宅建業法第37条第1項第2の2号)。

要するに、日本版インスペクションは、取引対象となっている建物について「第三者」専門家であるインスペクション業者による品質検査の制度を創設し、その利用により既存住宅の流通を促そうというものです。


(2) 問題点
施行早々ですが、日本版インスペクションには問題だらけです。制度設計がこのままでは、インスペクションとしての実効性も怪しく、その利用が広がることもないでしょう。

一番の問題は、誰のためのインスペクションかという根本が欠落していることです。インスペクションというものは、買主が購入対象不動産の品定めをするために行うものであるはずです。よって、決済を前に重大な欠陥が見つかった場合、売買契約を解除することさえ想定されなくてはなりません。

ところが、日本版インスペクションは、買主が主導するようには作られていません。日本の不動産取引慣行と併せて宅建業法を読めば、インスペクションを実施する「依頼者」(宅建業法第34条の2第1項第4号)とは、売主でしかありません。常識で考えれば、売りたいと思っている人が、わざわざインスペクション費用を支払って、不利な検査結果を買おうとはしないものです。つまり、売主主導のインスペクションには利益相反があるのです。さらに、売買契約成立で利益を得る仲介業者がインスペクション業者をあっせんするのですから、契約不成立になりかねない正直なインスペクション業者など初めから選定しないのが道理です。このように、日本版インスペクションには、何重にも利益相反が生じます。

また、日本と欧米とでは、不動産に対する価値観も異なります。日本での戸建住宅の建替えサイクルは僅か30年程度でしかありません。まだ十分に使えるきれいな中古住宅でも、築20〜30年を超えれば市場でほとんど評価されなくなってしまいます。たとえインスペクションが買主主導になったとしても、わざわざ費用をかけて、価値が低い(と日本人の多くが思い込んでいる)中古住宅にインスペクションをしたいという買主がどのくらいいるでしょうか?


思うに、インスペクションは、エスクローの一部として組み入れるべきものです。既存の不透明で非合理な不動産取引の枠組みが続くのであれば、インスペクションだけ切り離して持ってきたところで、大きな効果を期待するのは能天気というほかありません。







posted by 司法書士 前田 at 16:21| Comment(0) | 登記業務

2018年06月25日

どうなる地籍調査?


地籍調査に関心を持っている人なんてほとんどいないかもしれません。なにせ、国(国土交通省)が、地籍調査の実施主体である市町村の職員向けに啓蒙のパンフレット(「地籍調査はなぜ必要か」http://www.chiseki.go.jp/about/images/naze_A4.pdf )を作ったくらいです。一般の関心の低さは、言うまでもありません。

そこで、今回は、意外に身近で重要な地籍調査の問題について考えてみましょう。
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1 地籍の理想と現実
地籍とは、土地についての所在・地番、地目、境界、面積及び所有者に関する情報を指します(国土調査法第2条第5項)。これは、国民について戸籍(本籍、筆頭、名、出生、婚姻、死亡等の情報)があるのと似ています。

国民にとって戸籍情報がいろいろな恩恵(行政サービスや社会保障の享受等)をもたらすのと同じように、それぞれの土地(「筆」)についてしっかりとした地籍情報があることによって様々な効果が生まれます。次はその主なものです。

ア 境界トラブルの防止
イ 災害復旧の迅速化
ウ 公共事業の効率化
エ 課税の公平

まず、地籍によって土地同士の境界が明確であれば、隣近所で境界をめぐって争うようなことは減少するでしょう。そうやって、紛争の大きな原因が一つ減れば、土地取引が活性化されるという付随的な効果も期待できます。

次に、もし土砂崩れや津波によって原形をとどめないほど地形が変わってしまったとしても、もともとの土地の配列を正確に復元したり、これに基づく防災を意識した区画整理をしたりすることも容易になるでしょう。

また、公共事業のために土地を買収する必要がある場合でも、誰に対してどの範囲で買収・収用するのかが明確になれば、迅速に計画を進めることができるでしょう。

さらに、土地に関する税金(固定資産税、相続税等)の計算も容易になり、公平な課税を実現することができるでしょう。

ところが、現実には、多くの土地で、上記ア〜エの一見当たり前と思われるようなことが困難な状態にあります。これは、大きく分けると、2種類の地籍の問題に起因しています。

その一つは、近年、国会やマスコミ等でも盛んに取り上げられるようになった「所有者不明土地」の問題です。これは、一言で言えば、「土地の所有関係がよく分からない」という問題です。これについて、別稿(『「所有者不明土地問題」を読む』)で紹介していますので、本稿では述べません。

他の一つは、各土地(筆)についての客観的情報(所在・地番、地目、境界、面積)に関する問題です。本稿の地籍調査とは、毎筆の土地について主に客観的情報を収集する活動のことを指します。

不動産の登記所である法務局は、全国の全ての土地について、客観的情報及び権利情報を登記記録データとして管理し、その図面を備えています。ところが、実は、その情報の多くは現状を反映した正確なものではないのです。

土地の境界や面積のような基本情報すらまともに信用できないのだとしたら、上記ア〜エも当たり前とは言えないわけです。



2 地籍調査小史
現代的な意味の地籍情報が国によって管理されるようになったのは、明治政府の「地租改正」(1873)を契機とします。地租改正は、毎筆の土地ごとに面積と収穫力に応じた地価を定め、所有者が金銭により地価に応じた納税義務を負うという制度の創設を意味します。私有地が課税対象となるため、国が課税の基本情報を把握する必要が生じたというわけです。

ところが、この基本情報の収集は、所有者の自己申告に基づいて行われました。検地のような強権的な方法によることができなかったのは、つまるところ当時の国には無理強いするための権力も能力もなかったからです。自己申告というのは、単純化して言えば、農民が田畑を自ら縄や棒を使って測量し、その結果を役所に届け出たということです。収集された情報は、土地台帳やその附属図面としてまとめられました。

調査方法がこれでは、正確な情報にはなり得ないことは明らかですが、ここでの情報が、戦後の移管(税務署から法務局へ)を経て、現在の土地に関する情報の基礎になっていることには注意すべきです。

1951(昭和26)年、「国土の開発及び保全並びにその利用の高度化に資するとともに、あわせて地籍の明確化を図るため、国土の実態を科学的且つ総合的に調査することを目的とする」国土調査法が制定されました(同法第1条)。現在の地籍調査は、同法にもとづいて開始されました。

地籍調査の主眼は、毎筆の境界を確定して、形状・面積を測量することです。具体的な調査手続は、調査対象地域の住民説明会から始まり、所有者立会での境界確認、測量、成果図面の閲覧、訂正申立、登記記録更正、地図の備置という順に進行します。

ちなみに、ここでいう「地図」とは、日常的な意味での地図(案内図、市街地図、道路地図等)ではなくて、地籍調査の成果としての図面(不動産登記法第14条第2項)のことを指します。地球の座標に結びつけられた正確な図面である地図には、復元可能性という特徴があります。

現在まで、全国の調査対象面積(国有林等を除いた国土)の約50%の地籍調査が完了しています。ただし、地域的な進捗はバラバラです。たとえば、沖縄県では地籍調査がほぼ100%完了しているのに対して、京都府では7%しか終わっていないといった状況です。地域的傾向を一般化すれば、都市圏の地籍調査が遅れている(東京21%、神奈川13%、大阪8%)といえます。

調査が終わっていない地域については、明治初期の土地台帳附属図面が、現在でも地籍の重要な証拠の一つ(「地図に準ずる図面」不動産登記法第14条第4項)として通用しています。このような図面は「公図」とも呼ばれますが、呼称から連想されるような正確性はありません。



3 地籍調査の行方?
開始後70年近く経過しても半分しか終わっていない地籍調査が、今後、完遂されることはあるのでしょうか?半分残された調査対象地域は、特に厄介な地域ばかりのように見えます。

地籍調査を進めるうえでの問題は、大きく分けて2種類でしょう。

一つ目は、調査技術、人材、予算といった調査インフラに関するものです。しかし、この問題は、今後、重要ではなくなっていくでしょう。例えば、近年の無人航空機(「ドローン」)を使った測量技術の進歩には目を見張るものがあります。このような技術を用いれば、重い機材を担いで山林や藪中を行軍するというような話も、すぐに遠い過去のものになってしまうかも知れません。人も費用も従来ほど必要ではなくなるでしょう。

もう一つは、所有権に関する問題です。

地籍調査において確認する境界は、公法上の境界である「筆界」と呼ばれるものです。筆界は、分かりやすく言えば、地図や公図に引かれた線に対応する境界のことです。これは、所有権の境界である「所有権界」とは、観念上区別されるものです。両者が一致することも多いでしょうが、必ずしもそうとは言えません。例えば、隣地の所有者同士が合意によって境界を移動したり、土地の一部が時効取得されたりした場合、筆界と所有権界とがずれてしまいます。

地籍調査が純粋に公法上の境界に関わるのならば、国が一方的に筆界を確認しても構わないという結論になるでしょう。ところが、話はそれ程単純ではありません。国も、もともとの筆界を把握していないのです。したがって、毎筆の土地について筆界を確認するためには周囲の土地の所有者からも立会いや同意を取り付ける必要があるのです。これは大変な作業です。まして、調査対象になった土地やその周囲の土地が「所有者不明」になっている場合には、尚更のことです。

結局、このままでは、地籍調査の未来も暗いと言わざるをえません。私個人の勝手な意見でしかありませんが、地籍調査に対する不服申立等の手続保障を用意したうえで、国がある程度一方的に筆界を確定してしまうような制度をつくる必要もあるのでしょう。







posted by 司法書士 前田 at 16:28| Comment(0) | 登記業務

2018年06月13日

不動産の価額について



モノ(財貨)及びサービス(役務)の価額は需給関係によって定まるというのが、経済の常識です。このことは、不動産にも当てはまります。

しかし、土地の価額について「一物五価(いちぶつごか)」という言葉があるように、不動産には複数の価額概念が存在し、紛らわしいことこの上ありません。そこで、今回は、それぞれの価額概念についてその意味や用途等を整理してみましょう。
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1 土地の価額
(1) 成約価額等
「成約価額」とは、実際に土地が売買された「代金額」のことです。「実勢価額」と呼ばれることもあります。これは、取引成否やその代金の決済に関係するほか、将来、取得した土地を更に売却する際の不動産譲渡所得(さらに納税額)を算出するための基準ともなります。

「時価」も、成約価額に近い概念です。ただし、成約価額が取引成約まで分からないのに対して、時価は、周辺の成約実績等から「相場」を形成するものという意味で用いられることが多いでしょう。もっとも、土地がすべて特定物(個性に着目して取引されるもの)であるため、その時価は、種類物(種類・数量に着目して取引されるもの)のように容易には把握できません。

時価や相場は、これから不動産取引に参加しようとする人たちが心得ておくべき価額とも言えるでしょう。


(2) 公示地価
「公示地価」とは、「一般の土地の取引価格に対して指標を与え、及び公共の利益となる事業の用に供する土地に対する適正な補償金の額の算定等に資し、もつて適正な地価の形成に寄与することを目的と」して国土交通省が毎年(3月末)公表している「正常な価格」のことです(地価公示法第1条)。

つまり、公示地価は、「標準地」の適正な1u単価を示したものということです(下記3「国土交通省土地情報システム」サイト参照)。標準地は、都市計画地域を中心として全国に26,000ヶ所設定されています。

例えば、毎年恒例のように報道される東京都中央区銀座「山野楽器本店」前の土地の公示地価は、2018年も5550万円/uで全国1位でした。

公示地価の目的は、まず、民間取引の代金額の指標を国民に分かりやすく提供することです。これには、仲介業者とそれ以外の国民との間にある情報格差を埋めるという意味があります(下記3)。

また、公示地価は、私有地を公共事業等のために買収・収用するための補償額の指標となります。これは、私人の財産権を保護するという趣旨です(憲法第29条第3項)。


(3) 基準地価
「基準地価」は、根拠法が国土利用計画法であること及び調査主体が都道府県であることを除けば、「公示地価」と趣旨及び用途を同じくする価額概念です。毎年(9月)調査地点の1u単価が公表されます(下記3「国土交通省土地情報システム」サイト参照)。調査地点は、宅地を中心として全国に21,644ヶ所(平成29年度)設定されています。


(4) 路線価、評価倍率
「路線価」には、国税庁が相続税及び贈与税の課税標準の算定基準とするため毎年(7月)発表する「相続税路線価」と、市町村が固定資産税評価額(下記(5))の算定基準とするため毎年(4月。ただし、評価替えは原則3年毎)発表する「固定資産税路線価」とがあります。どちらの路線価も、市街地道路に面した土地の価額を1u単価で表したものです。

しかし、単に路線価と言えば、これらのうち相続税路線価のことを指すのが一般です。これに対して、固定資産税路線価は、行政手続きの公平を担保するために公表される(地方税法第410条第2項)のであって、市民が自ら税額(固定資産税)を計算するためにこれを用いることはありません。

そこで、以下、相続税路線価についてのみ述べます。

相続税及び贈与税の課税標準は、対象土地の地積と路線価を乗じ、これに土地の状況(接道、形状等)に応じた補正を加えるという方法で算定します。路線価は、公示地価の8割程度に設定されることが多いようです。

路線価は市街地を中心にして定められているため、路線価のない地域も存在します。このような地域にある土地について相続税等の課税標準を求めるためには、「評価倍率」を固定資産税の評価額(下記(5))に乗ずる方法を用います。ここで用いられる評価倍率表は、路線価図とともに国税庁のホームページでも公開されています(下記3)。


(5) 固定資産税評価額
「固定資産税評価額」は、市町村が固定資産税算定の課税標準とする価額です。固定資産税の他に、都市計画税、不動産取得税及び登録免許税の課税標準としても利用されます。固定資産税評価額は、公示地価にもとづいて算定された土地価額の7割程度に設定されることが多いようです。



2 建物の価額:土地との対比
建物は、人によって生成され、やがて滅失するものであるという性質があります。このことから、価額概念においても土地との差異を生じます。

建物についても、成約価額、実勢価額、代金額、時価、相場、及び固定資産税評価額という価額概念は、土地の場合と同じ意味で用いられます。他方、公示地価、基準地価及び路線価に相当するような基準はありません。

また、建物の固定資産税評価額は、土地のそれよりも税務上の用途が広く、固定資産税、都市計画税、不動産取得税及び登録免許税の課税標準であることはもちろん、相続税及び贈与税の課税標準としても用いられます。

建物が生成する性質をもつことから、新築建物の場合など、固定資産税評価額が未だつけられていないこともあります。この場合、不動産取得税の課税標準を算定するためには、総務大臣の定める「固定資産評価基準」に従って当該建物を評価する必要があります。これは、建物の構造や床面積等をもとに再建築費用を算定し、経年減価補正(減価償却と同様の処理)を行うという評価方法です。実際の建築費用とは関係ありません。また、これと似ていますが、登録免許税の課税標準を算定するためには、管轄法務局の公表する「新築建物等課税標準価格認定基準表」による簡易な評価方法が用いられます。

さらに、建物が滅失するという性質を持つため、建物の会計処理においては「減価償却」が行われる点も特徴的です。このことは、事業者の貸借対照表上の資産評価に関わるほか、建物の不動産譲渡所得の計算にも関係します。



3 不動産取引情報の格差
価額に限った話ではありませんが、昔から不動産取引の場では、仲介業者というプロと、取引当事者である素人との間に、前者に圧倒的有利な情報格差が存在してきました。すなわち、相場をはじめ、取引当事者が判断の指標とすべき重要な情報は、仲介業者側に偏在してきたということです。

今日でも、取引当事者の無知につけ込んで、不適切な取引を仕掛けるような仲介業者は珍しくありません。

平成2年、不動産取引情報を共有化するために、「レインズ Real Estate Information Network System」という情報交換制度が導入されました。仲介業者は、専任媒介以上の契約を締結した不動産(つまり、ほとんどの取引)の売却情報を、レインズに登録しなければならなくなりました(宅地建物取引第34条の2第5項)。

レインズは、売主と買主とを引き合わせるのが本来の目的ですが、登録された成約情報を手がかりとして相場を探るような目的でも利用されています。ただ、レインズを閲覧できるのは仲介業者だけであるため、情報の共有化と言っても、プロと素人との情報格差を埋めるものではありません。

ところが、最近、インターネットの成熟により、この状況に改善の兆しが見られるようになりました。既にネット上にはレインズに劣らない不動産情報を網羅した民間サイトも登場しています。レインズの一般公開という話すら現実味を帯びてきたように思われます。その気になれば、素人も自ら情報収集できる環境が整いつつあるというわけです。


参考として、本稿内容に関連したサイトを挙げておきます。

国土交通省土地情報システム: http://www.land.mlit.go.jp/webland/
路線価・評価倍率表: http://www.rosenka.nta.go.jp/
マンションレビュー: https://www.mansion-review.jp/
おうちデータベース(関東4県マンションのみ): https://realestate.yahoo.co.jp/direct/building



posted by 司法書士 前田 at 22:34| Comment(0) | 登記業務

2018年05月26日

不動産売買と税金について



不動産売買は、税務当局にとっては絶好の課税機会です。しかし、高い税金を取られるかも知れないというのに、売買当事者の中には、税金に関して無頓着な人が多いように思われます。

そこで、今回は、不動産売買に関する税金及び軽減等の制度について概観してみましょう。
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1 売主に関わる税金
(1) 譲渡所得税(復興所得税、住民税)

不動産売買から生じた所得(=譲渡所得)に対しては、国税である所得税及び復興所得税、並びに市・県民税である住民税が課税されます。これらは、確定申告の方法によって納税します。

納税額を知るためには、まず、次の計算式によって、課税標準となる「譲渡所得金額」を計算します。

「譲渡所得金額=譲渡価額−(取得費+譲渡費用)−特別控除額」

ここで、「譲渡価額」とは、買主から受け取る売買代金のことです。

「取得費」とは、当該不動産を購入・建築等した代金・費用や仲介手数料等のことです。建物についての取得費は、減価償却分を差し引いて算出します。

当該不動産を取得したのが大昔のことで取得費がわからないというような場合でも、収入金額の5%相当を取得費とみなして計算します。例えば、取得費不明の土地建物を1000万円で売却した場合、その5%である50万円を取得費とすればよいということです。

次に「譲渡費用」とは、仲介手数料、契約書印紙代(下記3)等、不動産売却のために直接かかった費用のことです。

「特別控除」の代表例は、マイホーム売却の場合の3000万円の特別控除です。つまり、マイホームを売却する場合には、大雑把に言えば、3000万円くらいまでの儲けに対しては、所得税がかからないようになっているわけです。その他にも、対象不動産の性質や売却事情等によって、特別控除額が定められています。

不動産譲渡所得に対する税金は、「分離課税」の方式で計算します。この意味するところは、他の所得(例えば、給与所得)と損益通算することができず、税率も別途に定められているということです。

税率は、譲渡年の1月1日時点で所有期間が5年を超える(=長期所有)か否か(=短期所有)によって異なります。

5年超長期所有の場合の税率は15.315%、5年以下短期所有の場合のそれは30.630%です(それぞれ復興所得税分を含む)。さらに、住民税として、長期所有なら5%、短期所有なら9%の税率で計算した税金を納税しなければなりません。これらの税率を、譲渡所得金額に乗ずれば、譲渡所得税及び住民税が算出できます。

以上の説明から、マイホーム売却の場合には特別控除の額が大きいため、課税対象になるような譲渡所得が生ずるようなことは少ないと言えます。また、80年代に極端な地価上昇を始める前の時期に割安で取得した土地や、取得額すら分からなくなってしまった土地を売却する場合を除けば、課税対象になるような譲渡所得が生ずることは少ないと言うこともできます。さらに、投資目的不動産の売却のような場合を除けば、仮に儲けが出ても、高い方の税率(短期譲渡所得の税率合計39.63%)が適用されることはないと言うこともできます。

これをまとめると、譲渡所得税に気をつけるべき売買取引とは、次のどれかに当てはまるような場合ということです。

・非マイホーム不動産の売却である。
・売却する不動産の取得年がとても古い。
・短期の転売である。


(2) 軽減等の特例
まず、マイホーム不動産の売却については、譲渡年の1月1日時点で所有期間が10年を超える場合には、上記の長期所有不動産の譲渡所得税率よりも更に軽減された税率が適用されます。ただし、この制度が適用されるような売買取引というのは、とても稀でしょうが。

また、マイホームの買い換えについては、売却だけではなくてその次の購入までを一連の課税対象行為としてみなければ不公平を生ずることから、課税繰延べの制度が設けられています。これも、適用可能な事例は限られるでしょう。

これら特例について、本稿では詳細に立ち入ることはしません。詳しく知りたい方は、国税庁タックスアンサー等で確認してください。



2 買主に関わる税金
(1) 登録免許税

購入した不動産の権利を第三者に対抗できるようにするためには、これを登記によって公示する必要があります。登記をするための国税を登録免許税と呼び、登記申請と同時に法務局(=登記所)を通じて納税します。

売買にかかる登録免許税の課税標準となるのは、固定資産の評価額です。売買価額は関係ありません。この税率は2%です。ただし、土地については、当分の間1.5%に軽減されています。

例えば、固定資産の評価額1000万円の土地と同500万円の建物を代金3000万円(登録免許税計算には無関係)で買った場合、登録免許税は、次の計算によって求められます。

「登録免許税=土地評価額×1.5%+建物評価額×2%
=1000万円×1.5%+500万円×2%=25万円」

登録免許税は、法文上、登記義務者(=売主)と登記権利者(=買主)とが連帯して納税義務を負うとされています(登録免許税法第3条)。しかし、売買契約によって買主のみが納税義務を負うと修正されていることがほとんどですし、商慣習上も同様に解されています。


(2) 不動産取得税
不動産取得税は、不動産を売買等によって取得した場合に課税される県税です。原則、納税義務者たる買主自ら申告のうえ納税しなければなりません。

しかし、不動産取得税は一般に周知されていないため、これを申告する人はほとんどいません。そこで、ほとんどの県税事務所では、登記記録の異動をもとに納税義務者を特定して、課税通知するという扱いが一般化しています。

不動産取得税の税率は、固定資産評価額(売買価額ではありません)を課税標準として4%です。ただし、当分の間、税率は3%に軽減されています。また、宅地については、課税標準を2分の1とする軽減措置も取られています。

例えば、固定資産の評価額1000万円の土地と同500万円の建物を代金3000万円(不動産取得税計算には無関係)で買った場合、不動産取得税は、次の計算によって求められます。

「不動産取得税=(土地評価額×1/2+建物評価額)×3%
=(1000万円×1/2+500万円)×3%=30万円」


(3) 軽減の特例
登録免許税についても、不動産取得税についても、マイホーム不動産の購入の場合には、一定の要件のもと、軽減の特例制度が用意されています。それぞれ細かい適用要件があるので、本稿では詳細の立ち入ることはしません。


3 その他
(1) 印紙税

上記の他、契約書等の課税文書には、印紙税法にもとづいて所定額の収入印紙を貼付しなければなりません。これは国税です。印紙を貼って消印すれば、納税が完了します。

例えば、代金3000万円の不動産売買の契約書には、1通当たり2万円の印紙を貼付しなければなりません。通常、売買契約においては、合計2通の契約書を用意するので、買主・売主とも各2万円ずつを納税することになるわけです。

さらに、買主がローンを利用して不動産を購入する場合、ローン契約書にも所定額の印紙を貼ります。例えば、3000万円借りる契約であれば、1通当たり2万円分の印紙が必要になります。


(2) 住宅借入金等特別控除(=住宅ローン控除)
住宅ローン控除とは、住宅ローンを利用してマイホームを取得した場合、一定の要件のもと、ローンの年末残高をもとに計算した金額を、居住開始年分以後の各年の所得税額から控除する制度です。細かい適用要件があるので、本稿では詳細の立ち入ることはしませんが、特にサラリーマン(=給与所得者)がこの制度を利用しようとする場合、申請手続についてよく勉強しておいた方が良いと思います。

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posted by 司法書士 前田 at 12:29| Comment(0) | 登記業務

2017年12月30日

中間省略登記の野放しをやめよ!


今回は、新・中間省略登記の是非について考えてみましょう。

実は、この問題は10年以上前に結論が出され(法務省等の公式見解が出ている。)、以来、ほとんど異論をはさむ余地がないとも言われています。今日では、不動産業者だけでなく、金融関係者や司法書士等のなかにも、新・中間省略登記を有益な方法として喧伝している者が数多く存在します。

しかし、中間省略登記が誰にとって何のために有益なのか、ここであらためて考える必要があると思うのです。
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1 中間省略登記と新・中間省略登記
(1) 中間省略登記とは
中間省略登記をめぐる状況は、平成17年(2005年)に現行の不動産登記法(以下「新法」という。)が施行される前後で異なっています。まず、平成17年以前の旧不動産登記法(以下「旧法」という。)のもとでの中間省略登記についておさらいしてみましょう。

中間省略登記とは、典型的には、Aが所有する不動産をBに売却し、続けてBが同じ不動産をCに売却するという2つの売買取引が連続する場合に、中間者Bへの登記を経由せずに、AからCに直接所有権移転登記を行うことを指します(以下、「A」、「B」及び「C」の符号を同様の意味で用います。)。理論上、取引の種類は「売買」に限られるわけではないし、登場人物の数も三者に限られるわけでもありません。実際、登場人物の数は、四者(省略される中間者が2名)とか五者(省略される中間者が3名)とかになることも多々あります。

中間省略登記は、旧法のもとでも理論上は禁止される(=却下事由となる)登記申請手法でした(旧法第49条7号)。中間省略登記が禁じられる実質的な理由は、物権変動の過程が登記記録のうえに忠実に反映されていなければ、登記記録を遡ることによって真の権利関係を確認することが困難になるためです。つまり、我が国の不動産登記制度は、登記に公信力がない(=登記記録の記載内容を信用した取引当事者が必ずしも保護されない)という前提で、権利変動過程を忠実に公示することで取引安全を確保する機能をはたしているわけです。中間省略登記は、この不動産登記制度の趣旨に反するものです。

しかしながら、旧法下で、登記原因を証する書類(売渡証書等)が必須の申請提出書類ではなかった(旧法第40条)ため、中間省略登記は横行していました。つまり、登記申請を審査する登記官にとっては、二当事者間の通常の所有権移転登記と、隠れた中間者が介在する所有権移転登記とが区別できないような仕組みだったのです。

中間者にとって、中間省略登記をすれば、登録免許税や不動産取得税という重い税金負担を回避しながら、売主Aと買主Cとの間の複数の転売取引の価格差を取得する(=「中を抜く」)ことが出来たわけです。中間者はもちろん一般の人ではなくて、不動産業者です。

また、ここで転売取引といっても、このような場合の転売は、所有者Aから不動産業者Bが不動産を仕入れ、最終買主Cを探して来て、これをCに売り渡す、というような呑気なものではありません。むしろ、実体は、売主Aと買主Cが内定したところに、Bが割り込むというものです。このとき、A・B間の売買取引の代金と、B・C間の売買取引の代金は同時に決済されます。つまり、Bは、自分では取引のための資金を全く準備せずに割り込んできて、Cのお金をAに流す途中で、一部を懐に入れるのです。


(2) 中間省略登記についての判例の立場
中間省略登記の可否について、判例は、中間者を含む当事者全員の合意があることを条件として是認する立場であると一般に解されています。

最判昭和40年9月21日は、「甲⼄丙と順次に所有権が移転したのに登記名義は依然として甲にあるような場合に、現に所有権を有する丙は、甲に対し直接自己に移転登記すべき旨を請求することは許されないというべきである。ただし、中間省略登記をするについて登記名義⼈および中間者の同意ある場合は別である。・・・登記名義⼈や中間者の同意がない以上、債権者代位権によって先ず中間者への移転登記を訴求し、その後中間者から現所有者への移転登記を履践しなければならないのは、物権変動の経過をそのまま登記簿に反映させようとする不動産登記法の建前に照らし当然のことであつて、中間省略登記こそが例外的な便法である。」と言っています。

これを素直に読めば、訴訟による場合でも、A→B→Cと順番に移転登記を訴求するのが原則であって、中間省略登記は、登記名義⼈および中間者の同意があるという場合に限って許される例外ということです。

ただ誤解してはいけませんが、この判例は、中間者の同意書があっても中間省略登記申請が許されないという不動産登記手続きの取扱いに矛盾するものではありません。登記官にはもともと不動産登記法という手続法の枠外に生ずる例外について審査する能力も権限もないのです。


(3) 不動産登記法改正と中間省略登記の禁止
平成17年、新法が施行され、登記申請の際に、登記原因を証する書類(=「登記原因証明情報」)を必ず提出しなければならないことになりました(新法第61条)。これは、中間省略登記が事実上も禁止されたことを意味します。

つまり、新法のもとでは、A→B→Cという所有権の移転があった場合には、AからBへの所有権移転を証する書類を提出してA→Bという所有権移転の登記を行ったうえで、BからCへの所有権移転を証する書類を提出してB→Cという所有権移転の登記を行うという二段階を必ず履践しなければならなくなったわけです。この場合に、AからCへの中間を省略した証明書類を使って登記申請すれば、公正証書原本不実記載等罪に該当してしまいます(刑法第157条第1項)。

予想される通り、この変更に反発したのは不動産業界でした。上記1(1)のとおり、不動産業者は、転売の中抜きによる利益を享受する立場だからです。また、中間者を登記記録に記載してしまうことにより、登録免許税と不動産取得税の負担を避けることが出来なくなってしまいます。


(4) 新・中間省略登記の登場
ところが、平成19年、法務省は、「第三者のためにする契約」(民法第537条)又は「買主の地位の譲渡」(最判昭和30年9月29日等、平成29年改正民法第539条の2参照)という法律構成によって、事実上、中間省略登記を再び容認するような見解を明らかにしました(平成19年1月12日民二52民事局第二課長通知)。この見解にもとづく登記手法は、2回(又はそれ以上)の売買取引を想定した従来型の中間省略登記とは区別して、「新・中間省略登記」と呼ばれます。

新・中間省略登記においては、上記2つのうちいずれの方法によっても、対象不動産の所有権は、売主から買主へと直接移転するとされます。中間者は第三者に対して直接効力が生ずる契約を締結するだけの役者(=「要約者」)として、あるいは物権変動前の抽象的地位(=「買主の地位」)を売主から買主に流すだけの者として扱われます。つまり、中間者は一度も不動産の所有権を取得しないので、登記する必要はないというのです。

法務省がかかる新・中間省略登記を容認するに至ったのは、当時の内閣諮問機関である規制改革・民間開放推進会議の答申(平成18年12月25日「規制改革・民間開放の推進に関する第3次答申」p.175 http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/old/minutes/meeting/2006/10/item_1225_04.pdf )を受けたものです。ここでは、かかる取扱いの必要性について、「@不動産登記法改正前と実質的に同様の不動産登記の形態を実現し、A現場の取引費用の低減ニーズに応えるとともに、B不動産の流動化、土地の有効利用を促進する」(符号筆者)という理由が掲げられていました。

前段落の理由@(「理由」というより「目的」ですが。)を見れば明らかなように、新・中間省略登記は、実質的には中間省略登記と同じものと位置づけられています。ならば、新・中間省略登記の法律構成(=「第三者のためにする契約」又は「買主の地位の譲渡」)も、詭弁にしか過ぎないでしょう。

結局、政府は、不動産業界の代弁者として、中間省略登記を復活させてしまったのです。



2 新・中間省略登記の問題
(1) 擁護派のその他の言い分について
新・中間省略登記を支持する理由として、上記1(4)中の「A現場の取引費用の低減ニーズに応えるとともに、B不動産の流動化、土地の有効利用を促進する」点について考えてみましょう。

先ず、「取引費用の低減ニーズ」というのは、換言すれば、転売取引で中間者となる不動産業者が登録免許税や不動産取得税を納めたくないということです。しかし、そもそも中間省略登記は、転売の場面で、中間者が差額を中抜きするのを目的として行われるものです。売買の当事者にとっては、不要な転売が促進されるため、費用低減どころか、損失を増やすだけです。つまり、売主と買主は、本来手にすべきであった利益を、中間者にかすめ取られてしまうのです。

中間者が税金を納めなくて良いという点も、不動産業者を過度に優遇するだけであって、国民全体にとっては損失でしかありません。

次に、中間者だけが得をするような中間省略登記の仕組みが、不動産の流通や有効活用を促進する結果になるというのも飛躍しすぎた理屈です。不動産業界を肥大化させることと、不動産の流通・利用を促進することは全く別の話です。また、不動産証券化の際に中間省略登記を用いるニーズがあると説く人がいますが、これも取ってつけたような言い訳に見えます。


(2) 取引の不透明化
売主Aと買主Cとは互いに中間者Bを取引相手としているので、互いの存在を知らない又は気づかないこともしばしばです。AとCの知らないうちに、B1、B2、B3と、複数の中間者が割り込むこともあります。さらに、Bが、中抜きだけを目的としたペーパーカンパニーということも珍しくはありません。

このような不透明な取引が、「政府公認」として堂々と行われているのです。


(3) 「地面師」について
昨今、「地面師」という単語がメディアを騒がせるようになりました。地面師とは、他人の土地を売って、その売買代金を詐取するという詐欺手口、又はそのような手口を用いる詐欺師のことです。積水ハウスやアパホテル等、不動産取引のプロですら大きな被害に遭いました。

地面師は、権利証や印鑑証明書等を偽造することによって土地の所有者に成りすますのが典型です。しかし、最近の地面師はもっと巧妙です。最近の被害事例の中には、土地の所有者に成りすますのではなしに、本物の土地所有者を取引に連れて来て、代金だけを詐取するというものすらあります( http://gendai.ismedia.jp/articles/-/53739 )。取引が不透明になると、そのようなことが可能になってしまうのです。取引を被害者にとって不透明にするための道具として、新・中間省略登記は必ずといってよいほど用いられる詐欺師にとって便利な道具です。


(4) まとめ
本稿で述べたことは、不動産取引の一端にでも関わる者ならば大抵は知っている常識です。知らないのは不動産取引の当事者となる一般の(「不動産業関係者でない」という意味で)人だけです。

私は、個人的には、中間省略登記だろうが新・中間省略登記だろうが実質は同じであって、一般の人達や社会全体にとっては有害なものでしかないから、禁ずべきであるという意見です。しかし、残念ながら、私の意見は、現状を変えるほどの力を持ちません。少なくとも、本稿を読んでくださった方々には、新・中間省略登記のカラクリを理解し、上手く操られることがないようにと願います。
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posted by 司法書士 前田 at 14:17| Comment(0) | 登記業務