2016年06月28日

夫婦間の居住用不動産贈与における贈与税の配偶者控除について

 夫婦間で居住用不動産(受贈者自ら居住するための不動産のこと。以下、単に「居住用不動産」と言えば、同じ意味で使っています。)又はその取得資金を贈与する場合には、一定要件のもと、贈与税の配偶者控除を利用することが出来ます。今回は、私の事務所にも相談の多い夫婦間の居住用不動産贈与についておさらいしてみましょう。
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*私は税務の専門家ではありませんので、本稿は、制度を紹介することを意図したものであって、税金について細かく説明しようと意図したものではありません。



1.贈与と贈与税の原則
(1)贈与とは
 贈与とは、「当事者の一方が自己の財産を無償で相手方に与える意思を表示し、相手方が受諾をすることによって、その効力を生ずる」法律行為のことです(民法第549条)。無償であるというところが、対価を要件とする「売買」や「交換」等の物の移転を伴う多くの法律行為と異なる贈与の特徴です。

 贈与を行うには、特に書面で契約を行うことを要せず、両当事者の合意のみによって行うことが出来ます。しかし、書面によらない贈与契約は、未履行の部分については、各当事者が一方的に撤回(=将来に向かって契約の効果を消滅させること)することが可能(民法第550条)であることから、真に贈与するつもりであるならば書面を交わすことによって契約するのは常識と言えるでしょう。


(2)贈与税の原則
 無償契約であるということから、一見すると安上がりな財産移転方法であるかのように思われる贈与も、税務のことを考慮すれば、決して安上がりではないことが分かります。なぜなら、贈与には、比較的高い税率で贈与税がかけられるような仕組みになっているからです。

 贈与税の税率は、一般贈与(=特例適用のない贈与)財産について次のように累進的に定められています(相続税法第21条の7)。
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 課税価額は、実際の贈与額から基礎控除額(110万円)を控除した後の価額です。贈与税を算出するには、課税価額に税率を乗じ、そこからさらに税控除を行います。例えば、ある人が3000万円の贈与を受けた場合、贈与税の一般的な計算式は以下のようになります。3000万円もらったら、1195万円を税金として国に納めなければならないということです。

・(3000万円−110万円)×50%−250万円=1195万円

 贈与税の税率が高いのは、相続税の免脱を防止するためです。仮に贈与税という制度がなかったとすれば、資産家は、生前に大部分の財産を他人(相続人であるとは限りません)に贈与することによって、容易に相続人が負担すべき相続税を免脱させるよう対策することが出来てしまうでしょう。贈与税は、「相続税の補完税である」とも言われるのはこのような理由です。

 しかし、贈与であればすべて高い税金をかけられるというわけではありません。贈与税という仕組も、財産処分の自由(民法第206条等)、相続財産承継制度(民法第5編)、夫婦財産制度(民法第4編第2章第3節)等の実体法上の諸制度のバランスの上に成り立っている政策の一つに過ぎないのです。従って、実体法上の諸制度との兼ね合いにおいて、租税負担の不公平等の問題を生じないのであれば、贈与税を軽減・免除するという措置を取ることも許容されるのです。本稿のテーマである居住用不動産贈与における配偶者控除の制度も、このような軽減措置の一つと考えることが出来ます。



2.居住用不動産贈与における贈与税の配偶者控除とは
(1)制度の内容
 婚姻期間が20年以上の夫婦の一方から他方配偶者に対し、居住用不動産(家屋・敷地)又は居住用不動産取得のための金銭を贈与した場合、一定要件のもと、贈与額から基礎控除の他にさらに2000万円を限度に控除をした額を課税価額とすることが出来ます(相続税法第21条の6)。

 例えば、3000万円を贈与された場合、通常なら1195万円の贈与税の納税義務が発生する(上記1(2)の計算)ところ、この制度の適用を受ければ、贈与税額は、下記のとおり、350万円程度へと大幅に軽減されます。

・(3000万円−110万円−2000万円)×40%−125万円=355万9875円


(2)利用要件
 この制度を利用するためには、以下の要件をすべて満たす必要があります。

・贈与当事者である夫婦の婚姻期間が20年以上である。
・国内の居住用不動産又は居住用不動産取得資金の贈与である。
・贈与の翌年3月15日までに、受贈者が取得した居住用不動産に現に居住する。
・同じ配偶者からの贈与について同控除制度を利用したことがない。


(3)利用目的
 夫婦間で居住用不動産を贈与する目的は、主に次の2つであろうと思われます。

・事実上の財産分与
・相続対策

 夫婦が離婚によって婚姻関係を解消する際に、婚姻中に取得した財産の清算を行うことを「財産分与」といいます(民法第768条)。夫婦間での居住用不動産の贈与は、婚姻中に事実上の財産分与をする目的で行われることがあります。これは、不動産を夫婦のどちらの名義にしておくかという問題であって、離婚や夫婦仲の問題とは一応分けて考える必要があります。

 また、相続対策として配偶者への不動産の贈与が行われることもあります。相続対策とは、被相続人となるべき人が、相続税の節税や推定相続人間の権利調整を、生前のうちに行うことです。本稿では、その詳細については省略します。


(5)注意事項
ア.贈与税の申告
 本制度の配偶者控除を受けるためには、期限内(翌年の2月1日から3月15日まで)に戸籍謄本等の必要書類を添付して贈与税の申告を行う必要があります。上記2(2)の要件に当てはまれば、自動的に配偶者控除が受けられるというわけではありませんし、納税額がないからと言って申告の必要が無くなるわけでもありません。

イ.贈与対象土地の評価
 また、不動産を贈与する場合には、その不動産を評価(金額をつけるということ)しなければなりません。建物については、固定資産の評価と同一ですので、別段の評価を要しません。これに対し、土地については、原則として各年度の路線価をもとに、一定の計算式に当てはめて自ら評価しなければいけません。ここでは、その計算方法については省略します。(自分で計算したい方は、国税庁HPの不動産評価明細書作成コーナーを使えば、簡単に土地の評価を行うことが出来ます。下記の申告書作成コーナーから、贈与税申告書及び土地評価明細書の作成コーナーに入ることができます。
https://www.keisan.nta.go.jp/h27/ta_top.htm#bsctrl )
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(国税庁HPの申告書作成コーナー。)
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(贈与税申告書類を一式作成することが出来る。)

ウ.夫婦の合意
 そして最後に、当たり前のことですが、夫婦間で不動産を贈与する際には、夫婦双方が当該贈与をすることについて合意していることが必要です。こんな当然のことを私がことさらに注意するのは、他方配偶者に内緒で不動産の所有権を移転しようとしていると疑われる相談事例が少なからず存在するからです。へそくり感覚で不動産所有権を移転してはいけません。
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posted by 司法書士 前田 at 16:36| Comment(0) | 登記業務

2016年04月11日

認可地縁団体の不動産所有について

 法人ではないけれども、法人と同等の組織や資産等を持った団体というものが存在します。これらの団体は「権利能力なき社団」と呼ばれて、法人とは区別されています。

 今回は、権利能力なき社団の一つとされてきた地縁団体について、これを法人化するための手段のひとつである「認可地縁団体」の制度と、認可地縁団体に認められた不動産登記の特例について整理してみましょう。

 このようなテーマは、一般にあまり馴染みがないかも知れませんが、実は、意外にも、多くの人にとって身近な問題に関係しているのです。



1. 設例(以下、「本例」といいます。)
 かつて「甲村」と呼ばれた地区では、代々、周辺の山林(以下、「甲土地」といいます。)を入会地として、甲村の住民が自由に山菜や薪を採ったり、村の行事を行ったりするために利用してきました。住民は、交代で甲土地の管理をし、その管理費用を分担してきました。
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 甲村は、明治時代に近隣の村とともに乙町に合併されました。その後、乙町も丙市に合併され、現在では住居表示に「甲村」という名前すら残っていません。しかし、かつて甲村だった地域に居住する住民たちは、今でも「甲村自治会」の名のもとに、甲土地の利用と管理を続けています。甲村自治会は、任意加入の団体ですが、この地域に居住する住民の過半数は甲村自治会に加入しています。

 最近になって、丙市は、市民の利便向上のため、甲土地を横切って市道を建設する計画を立てました。計画実現のためには、甲土地の所有者から土地の一部を買収する必要があります。

 ところが、丙市が、甲土地の登記記録を閲覧してみると、明治中期、甲村住民ABCの共有とする所有権の保存登記が行われたのを最後に、登記記録の異動がありませんでした。

 さらに、丙市がABCについて調査してみると、ABCとも既に亡くなってから60〜80年経過しており、Aについては、数次に相続が生じた結果、現時点で戸籍上生存している相続人が50名いることが判明しました。BとCについても、同じように、それぞれ30名、40名の相続人が生じていることが判明しました。



2. 「権利能力なき社団」と法人について
(1)なぜ個人名義で登記する必要があったのか?
 かつて、自治会や町内会等の「地縁団体」を法人化することは容易ではありませんでした。従って、不動産を地縁団体の名義で登記することも出来ませんでした。そこで、実質的には団体として不動産を所有しているような場合でも、便宜的に団体代表者の単独名義で登記したり、団体構成員の共有名義で登記したりするという方法が用いられていました。

 本例の甲土地についても同様の理由で、実質的には甲村自治会が団体として所有する財産でありながらも、不動産登記記録上は甲村住民3名の個人名義で登記されたのだと考えられます。


(2)法人とは
 法は、権利能力の主体として、「人=自然人」(民法第2章)とは別に、「法人」を規定しています(民法第3章)。自然人は、出生とともに、特に何らの行為を要することなく権利能力を獲得します。これに対して、法人は、法律の規定によらなければ成立しないし、その権利能力も定款・規約等所定の目的の範囲に制限されています(民法第33条、34条)。

 このように、法律が法人の成立やその権利能力の範囲を限定している理由は、取引の安全を図るためです。すなわち、法人は登記制度等によってその基本事項が公示されているため、取引の相手方は、誰に対して法律行為を行うべきか、誰に対してどのような範囲において責任を問うことが出来るのかを、予め知ることが出来るのです。


(3)「権利能力なき社団」の権利能力?
 地縁団体は、法律の規定によらなければ法人となることは出来ません。法人でなければ、権利能力の主体となることは出来ないのですから、地縁団体に不動産の所有権が帰属するということもあり得ないのが法律上の建前です。

 しかし、団体の中にも、法人と同等の恒常的組織を備え、運営や財産管理について内部規律の確立されたものが存在します。このような団体には、権利能力を否定するよりも、むしろ権利能力を認める方が、取引の実情に即していると言える場面は、社会に数多く存在します。そこで、判例は、このような法人並みの組織を持った団体を「権利能力なき社団」という概念で区別して、法人に近い権利能力の行使を認めるような解釈をするようになりました(最判昭和39年10月15日)。また、権利能力なき社団でも、訴訟の当事者となることが出来ることは、法律上も明らかにされています(民事訴訟法第29条)。

 したがって、地縁団体も、法人並みの組織を備えていれば、権利能力なき社団ということになります。判例上「権利能力なき社団」であるか否かが問題となった団体としては、この他にも、預託金制ゴルフクラブ、法人設立手続き途上の社団等があります。


(4)権利能力なき社団の限界
 判例が、権利能力なき社団に対して、実質的に法人同様の権利能力を認める解釈をしたといっても、両者が全く同じ権利能力を行使できるわけではありません。法人化されていない以上、権利能力なき社団に対して、権利能力を正面から認めることが出来ないという限界があるのです。

 この限界として最も問題とされることが多いのは、権利能力なき社団に不動産登記の名義人となることが認められないという制限です。



3. 認可地縁団体について
(1)地縁団体とは
 地縁団体とは、「市町村内の一定の区域に住所を有する者の地縁に基づいて形成された団体」(地方自治法第260条の2第1項)のことです。地縁団体の身近な例は、町内会や自治会です。
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(2)認可地縁団体とは(要件)
 平成3年地方自治法の改正により、団体名義で不動産を保有することを目的として、一定の要件を満たした地縁団体に対して、市町村長の認可のもと法人格が与えられるという制度が創設されました(地方自治法第260条の2)。この制度によって法人化した地縁団体のことを「認可地縁団体」と呼びます。認可地縁団体は、認可(による告示)によって成立する団体であって、別途法人登記をする必要はありません

 認可を受けるためには、以下の要件が必要となります(地方自治法第260条の2第2項)。

 ア.区域住民のための活動の実態(公益性)
 イ.地縁を画する区域の明確性(区域明確性)
 ウ.当該団体への区域住民の参加可能性及び参加実態(住民参加性)

 この制度が想定しているのは、例えば、一定区域内の住民の相互連絡や互助活動等を現に行っている町内会が、集会所として用いている土地建物を団体名義で登記する必要があるような場合です。

 これに対して、上記要件や不動産保有という目的を欠いているような場合、また、そもそも地縁団体とはいえない場合には、本制度による認可を受けることは出来ません。よって、マンションの自治会、地域スポーツクラブ、学校の同窓会等は、認可地縁団体となることは出来ません。


(3)法人化選択肢の追加
 平成18年の法人制度改革により、「一般社団法人及び一般財団法人に関する法律」等、法人に関する基本法規が制定され(平成20年施行)ました。この改革の目的は、法律規定に従った手続きを履践すれば、監督官庁の許認可なしに、誰でも簡単に法人を設立することが出来る(このことを、「準則主義」といいます。)ようすることでした。これに伴い、従来、法人一般について許認可主義を規定していた民法第3章の諸規定は、大幅に改正・削除されました。したがって、現在では、マンションの自治会であろうと、アニメ同好会であろうと、簡単に法人化することが出来ます。

 地縁団体についても、法人化するためには、市町村長の認可を受ける方法(地方自治法第260条の2)に加えて、一般社団法人等を設立するという選択肢が出来たわけです。いずれの方法をとっても、法人化すれば、地縁団体名義で不動産を登記することが出来ます。では、法人化を検討している地縁団体は、どちらの方法を選択すべきでしょうか?

 設立手続きの容易さや運営の自由度という点を見れば、地縁団体を一般社団法人として設立する方法が優れているでしょう。上記3(2)のとおり、認可による地縁団体の法人化のためには、ハードルは相当高いと言えます。また、認可後に規約変更等の必要が生じた場合にも、当該変更に関して市町村長の認可を取らなければいけません。

 しかし、ハードルが高いことと引き換えに、認可により地縁団体を法人化することには、以下のような特典が用意されています。

 (あ)税制上の優遇
 (い)不動産登記の特例利用

 上記(あ)税制上の優遇について、例えば法人税に関して認可地縁団体は公益法人とみなされ、収益事業からの所得のみが課税対象とされます。その他にも、不動産譲渡所得税についても優遇措置が定められています。

 上記(い)の不動産登記の特例については、下記4で説明します。



4. 認可地縁団体にかかる不動産登記の特例について
(1)不動産登記法の原則
 不動産登記法第60条は、不動産の権利に関する登記申請についての「共同申請の原則」を明らかにしています。すなわち、不動産の権利設定・変動を登記する際には、「登記権利者」と「登記義務者」とが共同して申請しなければなりません。

 ここで言う「登記権利者」及び「登記義務者」というのは、一般に、法律行為の両当事者(例えば、「売主」及び「買主」)に一致することが多いのですが、必ずしもそうとは限りません。ここでは、多くの法律行為が両当事者を想定しているのに応じて、登記申請する際にも、原則として、両当事者が共同で行わなければならないという程度に理解しておけば十分です。(「登記権利者」及び「登記義務者」は不動産登記法上の独特な概念ですので、本稿では説明を省略します。)

 また、建物が建築されたり、埋め立てによって土地が創設されたりした場合に、最初に行うべき所有権を公示するための「所有権保存」登記については、両当事者と言えるものがないので、権利者が単独で申請することが出来ます。ただし、ここで申請人になることが出来るのは、表題部に所有者として表示された者やその相続人等に制限されています(不動産登記法第74条第1項)。


(2)特例創設の背景
 平成3年の地方自治法改正により認可地縁団体という法人設立制度が創設され、認可地縁団体名義による不動産登記が可能となりました。当時、権利能力なき社団の代表者や構成員名義でしか登記することが出来なかったために、不動産にかんする権利の公示や管理・処分について生じていた問題は、この改正によって解決するものと期待されました。ところが、現実には、問題はそう簡単に解決しませんでした。何故でしょうか?

 認可地縁団体による不動産登記が可能となったといっても、登記申請のためには、上記4(1)のとおり、当事者(登記義務者、登記権利者)が共同申請するか、単独申請の場合でもその申請人資格に制限があります。地縁団体の保有する不動産は、代表者名義で登記されたり、団体構成員の共有名義で登記されたりしているのが普通です。よって、地縁団体が地町村長の認可後に、不動産を団体名義で登記するためには、登記記録上名義人として記載されている者を登記申請に関与させる必要があります。

 本例の甲土地について言えば、登記記録に、地縁団体構成員たるABCの名義で所有権の登記がなされているのですから、ABCから認可地縁団体に対して、「〇年〇月〇日委任の終了」を原因とする所有権移転登記を行わなければなりません。所有権移転登記を行う際には、登記名義人であるABCと認可地縁団体とが共同で申請行為を行う必要があります。

 ここで、「〇年〇月〇日委任の終了」を原因として所有権移転登記するという意味は、次のようなことです。

 地縁団体が権利能力なき社団である限り、当該団体名義では不動産登記することはできないのですから、構成員の誰か(代表者又は複数の構成員)に便宜的にでも登記名義人になってもらわなければなりません。不動産の登記名義人としてABCが記録されているということは、地縁団体(の構成員全員)がABCに対し、登記名義人になってもらうという事務を委任していたということを意味します。そして、当該団体が認可地縁団体として不動産登記の名義人となることが出来るようになったと同時に、この委任関係は終了し、当該不動産の所有権が、ABCから認可地縁団体に対して移転したと考えられるのです。

 したがって、ABCと認可地縁団体とが共同して所有権移転登記を申請すれば真の登記名義人を公示するという目的は達成されるはずです。

 しかし、ABCがすでに死亡しており、相続が発生していたとしたらどうでしょうか?この場合には、相続人全員の協力を得て、ABCから認可地縁団体に対して所有権移転登記を申請することになるでしょう。(この所有権移転登記の前提として、ABCからその相続人への相続を原因とした所有権移転登記が必要かという問題が生じますが、本稿では説明を省略します。)

 実は、ABCの相続人を関与させなければならないということが、認可地縁団体の不動産登記にとって、実務上一番の障害であることが明らかとなったのです。

 通常であれば、人が死亡すれば、その人について相続が開始します。このとき、不動産が遺産である場合には、相続を原因として、被相続人から相続人への不動産の権利移転が生じます。この手続きを主導するのは相続人であるのが普通でしょう。

 これに対して、地縁団体の管理する不動産については、相続のような権利承継手続き及びそれに伴う登記申請が行われることは稀です。これは、当該不動産が、実質的には、地縁団体の所有物であって、登記名義人個人の遺産ではないからです。また、地縁団体の管理する不動産については、構成員の日々の利用に支障とならない限り、登記名義については誰も関心を払わないものだからです。

 しかし、そのようにして登記記録が放置されたまま100余年も経過すると、相続人の数は相当の規模に達します。こうなれば、登記申請という手続行為にすら、多数の相続人の一致した協力を得るのは至難の業です。相続人の協力を得られないなかで、現にある権利関係と登記記録とを一致させるための手続きを行おうとすれば、裁判等を利用するなど、相当の費用と時間を覚悟しなければなりません。

 また、相続人が多数になると、相続人の中に所在不明者が出てくるのが普通です。所有権登記手続きに、所在不明者を関与させることは容易なことではありません。


(3)特例の内容
 認可地縁団体の所有する不動産についての登記手続きの困難を解決するために、地方自治法の改正(平成27年施行)が行われ、下記の要件を全て満たした認可地縁団体に対して市町村長が証明書を発行することにより、単独で登記申請することを可能にする特例が新設されました(地方自治法第260条の38)。

 @不動産を所有していること。
 A不動産を10年以上所有の意思をもって平穏かつ公然と占有していること。
 B不動産の表題部所有者又は所有権の登記名義人の全てが認可地縁団体の構成員又はかつて認可地縁団体の構成員であった者であること。
 C不動産の登記関係者(表題部所有者、所有権登記名義人、これらの相続人)の全部又は一部の所在が知れないこと。

 上記要件のそれぞれについての説明は省略します。ただし、上記Cの所在不明者については、たとえ一部の者でも所在不明であればこの要件に該当することになります。

 本特例の適用を受けようとする認可地縁団体は、市町村長に対して、認可地縁団体が不動産権利登記することについて異議者を募る旨の公告を申請します。

 公告申請を受理した市町村長は、上記@〜Cの要件充足を書類上審査した後に、3カ月以上の期間を定めて公告を行います。この期間内に、異議を申し立てるものが出なかった場合には、市町村長は、認可地縁団体に対して、「公告をしたこと及び登記関係者が公告の期間内に異議を述べなかったことを証する情報」(以下、「証する情報」と言います。)を交付します。

 認可地縁団体は、証する情報を添付することによって、単独で、団体名義への所有権保存登記や所有権移転登記を申請することができるようになるのです(地方自治法第260条の39)。

 要するに、本特例は、不動産登記名義人の相続人が所在不明になるという実務上高い頻度で発生する問題に対して、登記手続きの例外を認めたのです。本来であれば、所在不明者について不在者財産管理(民法第1篇第2章第4節)等の手続きを経なければならないところ、それを省略してしまうのです。



5. 残された問題
(1)認可地縁団体の不動産登記について
 認可地縁団体という法人制度と、認可地縁団体にかかる不動産登記の特例の創設によって、認可地縁団体の所有する不動産についての問題は、解決に向け大きく前進したということが出来ます。

 確かに、登記名義人の相続人が多数になってしまった場合、不動産の権利登記手続きの障害となるのは、相続人の所在不明の問題だけではありません。例えば、相続人の意思能力の欠缺、相続人の不存在等も、高い頻度で遭遇する問題です。

 相続人に意思能力が欠缺している場合には、本来ならば、後見制度(民法第4編第5章)等によって欠けた意思能力を補完するべきでしょう。また、相続人がいない場合には、本来であれば、相続財産管理(民法第5編第6章)を経て権利の帰属を確定させるべきでしょう。

 しかし、本特例は、相続人の一部でも所在不明になれば、適用の対象となるのですから、他の理由(意思能力欠缺など)で相続人が登記手続きに関与できない事情が重なった場合であっても、利用できることになります。本特例による不動産登記を検討している認可地縁団体は、皮肉にも、対象不動産の登記関係者(=登記名義人の相続人)が所在不明になっていることを祈りさえするかも知れません。


(2)地縁団体とは認められない団体
 もともとは地縁団体であったものが、時代とともに地縁団体でなくなることがあります。このような団体は、もちろん、認可地縁団体となることは出来ません。よって、不動産登記の特例を利用することも出来ません。

 たとえば、かつては村の住民全員が祖先を祀るために墓地会を形成して、墓地及びその施設を管理し、祭事を取り仕切ってきたというような状況があったとします。時代が流れ、墓地の権利関係が固定化し、墓地会の構成員の多くが村の住民ではなくなってしまいます。そのようになれば、当該墓地会は、地縁団体ではありません。

 しかし、このようにして地縁団体ではなくなった団体にも、本例と同じような問題は生じるのです。


(3)耕作放棄地、山林、空き家等の問題
 本例に現れた問題点は、二つありました。一つは、地縁団体の法人化という問題です。もう一つの問題は、不動産登記への相続人の関与という問題です。後者は、実は、誰にでも身に覚えのある問題です。

 たとえば、田舎の田畑について相続が生じても、直接そこを耕作する者がいなくなってしまえば、相続等の権利承継手続きが行われないまま、放置されてしまうことがあります。そのまま相続人の数が増えて、事実上、権利関係が宙に浮いてしまうことは珍しいことではありません。山林についても全く同じことが当てはまります。

 また、日本の人口が減少するとともに拡大してきた空き家の問題も、物理的に放置された空き家の利用を議論する前に、利用の前提としての権利承継手続きが未了であることが往々にしてあります。

 不動産について権利承継の手続きが放置されてしまう状況は、規模の違いこそあれ、身近なところでも生じうるのです。
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posted by 司法書士 前田 at 11:57| Comment(0) | 登記業務

2015年08月05日

不動産の時効取得と登記

 長年月にわたり、自分のものだと思って使用収益してきた不動産が、見も知らない他人名義で登記されていることが判明した場合、どうしたらよいでしょう?

 今回は、そのような場合に用いる「時効取得」という制度(民法第162条)と、時効取得を原因として行う登記手続きについて考えてみましょう。



1. 時効取得とは
(1)事例(以下、「本事例」という。)
 Xは、一家の代々所有するとされてきた畑で、農業を営んできました。Xは、畑の名義に関して、父Aも、亡祖父Bも、自分の所有地だと言っていたため、特に疑いを抱くこともありませんでした。

 ところが、今春、父Aが死亡したことを契機として、Xが、不動産の相続登記を行うため、登記簿を閲覧してみたところ、畑の大部分を占める甲土地の所有者の欄に「Y」という見も知らない人物の名前が記載されていることが判明しました。登記簿によれば、Yは、今から50年前に相続によって、甲土地を取得したことになっています。

 Xは、これから先も、従前と同様、甲土地を利用して農業を営んでいくつもりです。しかし、長年、一家の所有地だと思って手を入れてきた甲土地が、他人の物であるということには、納得がいきません。Xが、甲土地の所有権を手に入れるには、どのようにしたらよいのでしょうか?
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(2)どんな状況か?
 実は、対象不動産の登記簿上の名義が誰にあるかという問題と、実体法上の所有権が誰にあるかという問題は、別の問題です。そこで、本事例において、甲土地の登記簿に「所有者 Y」と記載されていながら、X(又は亡父A、亡祖父B)が、自ら所有するものであることを信じて占有を続けているという状況には、どのようなものがあるのか、以下に挙げてみましょう。

ア. 取引等による取得の場面
 例えば、亡祖父Bが、有効な売買によって、Yから甲土地を買い取ったという可能性が考えられます。その場合、実体法上、所有権は亡祖父Bに移ったけれども、亡祖父BとYとが、売買による所有権移転の登記を懈怠しただけということなのかもしれません。

イ. 取引等による取得に失敗した場面
 また、亡祖父Bが、Yから甲土地を買い取る契約を結んだけれども、所有権移転に必要な農地法上の許可が得られないまま、順次、亡祖父B、亡父A、そしてXによる、事実上の占有が継続されたという可能性も考えられます。その場合、本来は、Y(又はその相続人)が、依然として甲土地の所有者であることになるでしょう。

ウ. 占有開始時の権原が所有権ではない場面
 さらに、亡祖父Bが、甲土地をYから借りて耕作を始めたが、亡父Aに代替わりした際に、借りたことが忘れられてしまったのかも知れません。この場合も、本来は、Y(又はその相続人)が、依然として甲土地の所有者であることになるでしょう。

エ. 占有開始時の権原がなかった場面
 最後に、亡祖父Bが、自己所有地の境界を越境して甲土地を利用開始し、その状態が、誰からも異議を唱えられることのないまま、亡父AとXに代々受け継がれてきたのかも知れません。この場合も、本来は、Y(又はその相続人)が、依然として甲土地の所有者であることになるでしょう。


(3)時効取得の意味と要件
 時効取得とは、「20年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する。」(民法第162条1項)という制度です。この規定を要件に分解すると、(a)一定期間(20年)の占有継続、(b)「所有の意思」、(c)「平穏かつ公然」な占有、(d)「他人の物」ということになります。つまり、(a)〜(d)の要件を充足すれば、占有者が所有権を取得することが出来るということです。

 さらに、(e)占有開始時に「善意・無過失」であるときには、占有者は、(a)10年間という短期間の占有を継続すれば、所有権を取得することが出来ます(民法第162条2項)。

 (b)「所有の意思」とは、物を占有する際に、権利の性質上客観的に所有者としての意思で行っているということを指します。土地を借りて占有している場合には、いくら長期間にわたって占有したとしても、時効取得しないのが原則です。

 (c)「平穏かつ公然」な占有とは、暴力的な手段で占有を獲得したり、占有状態が分からないように隠ぺい工作を施したりしていないということを指します。

 10年間の時効取得を主張するための(e)「善意・無過失」の要件は、自己の所有物であると信じ、かつ、そう信じることに過失がないことを指します。占有開始時に、普通ならば、他人の物であると容易に気づくような事情があるような場合、それに気付かなかったとしても過失があることになります。

 ちなみに、上記の各要件について、「占有者は、所有の意思をもって、善意で、平穏に、かつ、公然と占有をするものと推定する」(民法第186条1項)との規定が置かれているため、(e)「無過失」である要件を除いて、立証責任が転換されていることになります。

 また、(a)一定期間(20年間又は10年間)の占有についても、「前後の両時点において占有をした証拠があるときは、占有は、その間継続したものと推定する」(民法第186条2項)との規定があるため、占有者は、占有開始時点と、一定期間終了時点の占有さえ立証すれば、その間の占有継続は推定されることになります。

 (d)「他人の物」であるかどうかは、判例により「自己の物」にも時効取得が認められているため(最判昭和44年12月18日)、時効取得の要件として大きな意味はありません。

 時効取得は、権利取得の性質から分類すれば、「原始取得」の一種に当たります。原始取得とは、自己のもとで発生する権利を取得するということです。これに対して、売買や相続などを原因として他人から権利を引き継ぐことを、「承継取得」という概念で整理します。

 時効取得が成立すれば、占有開始時点に遡って、所有権取得の効力が生じます(民法第144条)。つまり、亡祖父B(又は亡父A)が占有を開始したと主張する時点で、甲土地の所有権は、亡祖父B(又は亡父A)にあったことになります。


(4)時効取得の制度趣旨と適用場面
 時効取得は、1(2)ア〜エのどの場面でも主張することが出来るのですが、実は、適用場面によって、その制度趣旨は一定してはいないのです。

 例えば、1(2)アのように、有効な取引にもとづいて、甲土地の所有権がYから亡祖父Bへと移転していたが、登記を懈怠していたという場面を考えてみましょう。本来、このような場面では、取引法を用いて判断すべきであって、時効取得によって決すべきではありません。また、第三者が生じた場合に、所有権の帰属を決めるのは、対抗要件(=登記)の具備の前後によります。それにもかかわらず、このような場面でも、時効取得の制度が用いられる意味は、時効が登記の不備を補完することによって、取引の安全を図ることにあるのです。

 1(2)イのように、取引の有効要件を一部欠いていたような場合にも、その要件を補完して取引の安全を図るという趣旨が当てはまります。

 これに対し、1(2)ウ及びエのように、占有開始時の権原が所有権でなかったり、権原が全く無かったりするような場合、時効取得には、継続した事実状態を権利として認定するという意味があります。



2. 時効取得に基づく所有権の登記
(1)法律構成と登記手続きの差
 時効取得は、原始取得の一種とされています。仮に、その法律構成を、そのまま登記手続きに反映させるならば、時効取得者が単独で申請人となって、時効取得を原因とする所有権保存登記を申請するのが、適当ではないでしょうか。

 しかし、登記先例(明治44年6月22日民事414回答)は、時効取得を原因とする登記は、時効取得者を登記権利者、原所有者を登記義務者として、所有権移転登記を共同で申請すべきとしています。

 前述のとおり、時効取得という制度の趣旨には、取引安全を補完すること(本来なら承継取得に近い)も、継続した事実状態を権利に昇華させること(本来の原始取得)も含まれています。先例は、登記技術上、これを、承継取得に準じた方法に統一しただけです。そのうえ、原所有者の権利を保護するためには、このように解した方が都合良いのです。ただし、これは単に登記技術上の問題であるので、対象不動産が農地であった場合に、農地法上の許可を得る必要はないとされています。

 また、時効取得者が原始取得する(=まっさらな所有権を取得する)反対効果として、これに矛盾する第三者の権利は、当然に消滅します。しかし、第三者の権利が登記されていた場合に、これを抹消する登記も、時効取得者を登記権利者、当の第三者を登記義務者として、共同で申請する必要があります(不動産登記法第60条)。


(2)登記権利者は誰か?
 本事例において、祖父Bが、他人所有の土地であることを知りながら(=悪意で)、甲土地に越境して占有を開始し、それから5年占有を継続した後に死亡し、父Aが亡祖父Bを相続するとともに甲土地の占有を引き継いで、18年間占有を継続した後に死亡したとします。この時、Xが、亡祖父Bの占有開始から20年間の占有継続による甲土地の時効取得を主張し、これが認められるならば、登記権利者となるのは、亡祖父B(占有開始者)、亡父A(期間満了時の占有者)、X(時効援用者)のうち、誰でしょうか?
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 時効取得の効力が、占有開始時点に遡及して生じる(民法第144条)ということから、祖父Bが登記権利者になるようにも思われます(第1説)。また、判例は、時効期間満了時点を基準として、時効取得者とそれ以降に生じた第三者との関係を対抗問題のように処理している(最判昭和33年8月28日等)ことから、亡父Aが登記権利者になるようにも思われます(第2説)。さらに、時効の効力についての遡及効は、たんなる法の擬制に過ぎないと考えれば、単純に、Xが登記権利者であると考えることも出来るように思われます(第3説)。

 上の第1〜3説まで、どの考え方も成り立つでしょうが、実務は、時効期間満了時を基準とする第2説で運用されることがあるとのことです。つまり、一旦、亡父Aを登記名義人とする所有権移転登記(申請は相続人であるXが行います。)を経由した後、相続を原因としてXに対して所有権移転登記を行う必要があるということです。しかし、登記原因日付を占有開始の日と記載しながら、時効期間満了時の占有者を登記権利者とするのは、無理があるように思われます。

 結局、どの説にも一応の理がありますが、どの説も確定的な根拠を欠く以上、事前に管轄の法務局と打合せをしたうえで申請を行う必要があるでしょう。特に、判決による登記を申請する必要がある場合には、請求趣旨の記載を決めておくため、訴訟提起前の段階で、法務局と打合せを行っておく必要があります。

 私見では、1説が下記(3)とのバランスが取れていて、スッキリしていると思いますが、いかがでしょう?


(3)登記義務者は誰か?
 本事例において、Yにも相続が生じていた場合、登記義務者となるのは誰でしょうか?

 これは、登記研究の質疑回答(=法務省の役人の見解)によれば、占有開始時点を基準として判断します。

 時効取得者(又はその前者たる被相続人等の占有開始者)が占有を開始する前に、所有権の登記名義人に相続が開始していた場合は、その登記名義人について相続登記をする必要があるとされています(登研質疑355号92頁)。本事例においては、亡祖父Bが占有を開始する前に、既にYが死亡していた場合には、Yについての相続登記を行わなければならないということです。つまり、Yの相続人が登記義務者であるということになります。

 これに対して、時効取得者(又はその前者たる被相続人等の占有開始者)が占有を開始した後に、所有権の登記名義人に相続が開始した場合は、相続登記は必要ありません(登研質疑401号161頁)。本事例においては、亡祖父Bが占有を開始した後に、Yが死亡したのであれば、Yについて相続登記を行う必要なないということです。つまり、Y自身が登記義務者であって、相続人がYに代わって申請手続きを行うことになります。


(4)登記義務者(又はその相続人)の協力が得られない場合
 登記権利者側から時効取得を主張するような場合、相手方である登記義務者側はどのような状況なのでしょうか?おそらく、登記義務者側では、数十年間という長期にわたって、当の不動産の相続登記が放置されてきたのであろうと想像されます。

 登記義務者となるべきものが既に死亡しており、その相続人(又は数次相続人等)を相手方として登記手続きを行う場合、相続人の権利保護の要請から、法定相続人全員に協力してもらう必要があります(登記先例昭和27年8月23日民事甲74回答)。

 しかし、相続人が相当数にのぼるような事案においては、相続人の中に反対者や行方不明者が出て、足並みがそろわないことはよくあることです。

 登記義務者の相続人の中に、時効取得による登記手続きに対して反対する者がおり、話し合いで解決ができなかった場合には、最終手段として、相続人全員を相手(被告として)に、所有権移転登記手続を請求する訴訟を提起する必要があるでしょう。

 さらに、相続人の中に行方不明者がいる場合には、その者をいかなる方法で訴訟という手続に「関与」させるのかも検討しなければなりません。これは、行方不明者の権利保護に関わる問題です。考えうる方法としては、公示送達又は不在者財産管理人選任という手段がありますが、それらの詳細については本稿では述べません。
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 時効取得の制度は、法文上、非常に簡単に規定されています。しかし、時効取得が問題となることの多い不動産の所有権について、その権利取得を登記する手続きは、一筋縄ではいかないことが殆どです。ひどい場合には、権利関係が宙に浮いたままになってしまうことも、決して珍しくはないのです。
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posted by 司法書士 前田 at 09:49| Comment(0) | 登記業務

2015年02月06日

遺産分割審判と不動産登記

 今回は、遺産分割審判にもとづく相続登記(相続による所有権移転登記)について考えてみましょう。同業者(司法書士)以外に、こんな長い文章を真面目に読んでくれる人がいるのでしょうか・・。

(事例)
 被相続人Aの唯一の相続財産である不動産(Aが居住してきたマンション。以下、「本件不動産」という。)に関して、相続人X、Y(他には相続人はいません)の間で、意見が割れて、遺産分割協議が出来ない状況となりました。
 Yは、生前Aから法定相続分をはるかに超える多額の贈与を受けていました。一方、Xは、生前贈与を受けることもなかったのですが、15年前にAが寝たきりになってからは、一流会社の正社員から比較的時間に制約のないアルバイトに転職し、Aと本件不動産に同居しながら献身的に介護してきました。Xは、何とか生活の本拠である本件不動産くらいは、自分が単独で相続する権利があるだろうと主張しましたが、Yは、本件不動産を処分して、売却金を法定相続分で分けることを主張して一歩も引きませんでした。
 そこで、Xは家庭裁判所に遺産分割調停を申し立てました。調停でも話し合いはつかず、最終的には審判が下され、これが確定しました。審判の内容は、「Xは、単独で本件不動産を相続する。」というXの主張を全面的に認めるものでした。
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 さて、本件のような場合に、不動産登記を専門とする司法書士として、いくつかの実務的な疑問点を整理しておく必要があります。その疑問点とは、

・Xは、単独で相続による所有権移転登記を申請できるか?
・できるとして、その根拠はどこにあるのか?
・登記申請の際に添付する審判書に、執行文をつける必要があるか?
・確定証明書をつける必要があるか?
・審判書が正本である必要はあるか(謄本でもよいか)?

というものです。実務家の間でも、説明が一貫していない部分ですので、くどいかも知れませんが法律的・理論的な根拠を確認しながら整理してみましょう。


1. 不動産登記法(以下、単に「法」という。)第63条1項について考えてみよう
(1) 法第63条1項の要件
 法第63条1項は、「第60条、第65条・・の規定にかかわらず、これらの規定により申請を共同してしなければならない者の一方に登記手続きをすべきことを命ずる確定判決による登記は、当該申請を共同しなければならない者の他方が単独で申請することが出来る。」と定めています。

 この規定は、共同申請を原則とするような登記において、確定判決で「○○は、××に対して、別紙記載不動産について、平成年月日売買を原因とする所有権移転登記をせよ。」というような給付判決を得れば、単独でも登記申請が出来るという例外を定めたものです。この条項の要件事実を箇条書きにすれば、

 @原則が共同申請である登記申請(法第60条、第65条等)である。
 A一方当事者の登記意思を擬制する確定給付判決がある。

ということになります。法第63条1項の「確定判決」は、判決同様の効力をもつ債務名義(和解調書、調停調書、審判書)を含みます。

 本事例に、法第63条1項が適用されるか否かを考えてみましょう。

(2) 共同申請すべき場合か?
 まず上記@について、本事例は相続による所有権移転登記ですから、その申請方法は相続人による単独申請(法第63条2項)です。よって、法第63条1項が適用になる余地はありません。

(3) 給付判決と同様の裁判か?
 上記(2)のとおり、本事例には法第63条1項の適用の余地はないのですが、手続法を理解するうえで重要だと思われるので、蛇足ながら上記Aの要件についても検討してみましょう。

 裁判には、特定の請求権の「給付」を目的とするもの、特定の法律関係の存在又は不存在の「確認」を目的とするもの、及び特定の法律関係の「形成」を目的とするものという三種類があります。

 「給付」とは、例えば、金銭の支払、物の引き渡し、一定の不作為や特定の意思表示をすることも含まれます。法第63条1項の定める「登記手続きをすべきことを命ずる確定判決」とは、給付判決のことです。給付判決には、強制執行によって給付請求権の実現を図ることのできる「執行力」が認められています。

 「確認」とは、既存の特定の法律関係を「既判力」によって確認することです。大抵の紛争は、法律関係を確認しただけでは解決しませんから、確認の裁判を利用する場面は限定されます。また、「既判力」のない裁判については、問題とはなりません。

 「形成」とは、一定の法律要件(形成要件あるいは形成権)に基づいて特定の法律関係が変動(発生、変更又は消滅)することを言います。例えば、形成権の一つである民法第541条の解除権は、(@)相当の期間を定めた催告、(A)履行なしに相当期間が経過したことによって発生し、(B)解除権者が相手方に意思表示することによって行使します(民法第540条1項)。通常はこのように、形成権を持っている者は、相手方に対する一方的意思表示によって法律関係を変動させてしまうことが出来るので、裁判を必要とはしません。よって、形成の裁判は、法律の定めのある場合に限って提起することが出来るのです。形成の裁判には、法律関係を変動させる効力「形成力」が認められています。

 ところで、本件のような遺産分割事件は、家事事件の一つです。家事事件(家族、親子、夫婦等の問題)については、一般の民事事件とは異なった取り扱いが必要となることから、家庭裁判所に後見的な視点を入れた裁判権が与えられています。では、「Xは、単独で本件不動産を相続する。」という本件のような家事審判の性質は、どのようなもの(給付、確認又は形成)でしょうか?

 本件審判は、形成の裁判です。なぜなら、本件審判によって遺産分割協議という法律行為の効力が発生するからです。本件審判は、既存の法律関係にもとづいて特定請求権の給付を命じるものでも、そのような法律関係の確認をするものでもありません。

 ちなみに、形成要件が予め法定されている本来的「形成」の裁判に対して、本件のように裁判所が合目的な裁量によって一定の法律関係を形成する裁判のことを「形式的形成」の裁判といいます。後見的な性質を持った家庭裁判所の行う裁判には、多かれ少なかれこのような形式的形成の側面があるのです。

 よって、本件審判は給付を命ずるものではないので、法第63条1項適用の場面ではないことになります。結局、@の要件もAの要件も欠いているということになります。


2. Xは単独で相続登記を申請できるか?
 相続による被相続人から相続人への不動産の所有権移転登記は、相続人が単独で申請することが出来ます(法第63条2項)。遺産分割が行われた場合には、当該不動産について権利取得した相続人のみが単独で、登記申請情報に登記原因証明情報の一部として遺産分割協議書を添付して、申請を行うことになります。

 本件における遺産分割審判は、遺産分割協議という法律行為の効力を形成するものですから、本件審判書は遺産分割協議書と同様の効力をもつ法律文書ということになります。よって、Xは単独で、審判書を添付して相続による所有権移転登記を申請することが出来るのです。

 ちなみに、通常、相続登記に遺産分割協議書を添付する場合には、権利を承継しない法定相続人が実印で押印したうえで印鑑証明書をつける実務的扱いになっていますが、これは遺産分割が協議参加者の真意に出たものであるということを担保する意味があるので、そのような担保をする必要のない審判書には印鑑証明書を付す必要はありません。また、遺産分割審判が行われる際には、裁判所に戸籍等を提出して相続関係を確定しているはずですので、相続登記の際に重ねて戸籍等を添付する必要はありません。

3. 執行文付与の要否
 執行文とは、債務名義が執行力を持つということを、債務名義正本の末尾に付記する方法で証明する文言のことです。強制執行するためには、原則として、債務名義の正本、債務者への債務名義謄本(又は正本)の送達、及び執行文の付与という3つの要件が必要です。

 なぜ執行文が必要かと言えば、債務名義が存在するだけでは、その債務名義に執行力があるか否かが明らかではないからです。例えば、判決が確定しているか否か、債務名義に定める請求権の執行条件が成就しているか否かといったことを調査する必要があるのです。執行文を付すのは、執行証書(金銭債権について執行認諾文言のある公正証書)以外の債務名義の場合には、事件記録の存する裁判所の書記官です。このような仕組みになっているのは、執行機関と債務名義作成機関とが分かれているからです。前者に、執行力の存否を判断させるのは適切ではないし、その能力もないのです。

 さて、本件の審判は、そもそも給付の審判ではありませんので、執行文は不要です。

 では仮に、本件の家事審判に「Yは、Xに対して、金100万円を支払え。」という条項が定められていたら、どうでしょうか?この場合には、審判が債務名義になるので、執行文付与の要否を検討する必要があります。しかし結論から言えば、この場合でも執行文は不要です。債務名義の中にも、債権者保護を迅速にすべき必要がある等の趣旨から、執行文付与を必要としないものがあるのです(民事執行法第25条但、民事保全法第43条1項・第52条1項、家事事件手続法第75条)。

 さらに脱線して、本件が民事訴訟で、XがYに対して、売買契約に基づく登記義務の履行を求めるというような事案だったとしましょう。このとき、判決が「Yは、Xに対して、平成年月日売買を原因として本件不動産の所有権移転登記をせよ。」という給付請求を認めるものであった場合、執行文は必要でしょうか?結論から言えば、この場合も執行文は不要です。なぜなら、登記申請意思のような意思表示を求める訴えにおいては、意思表示を認める判決が確定した時点で、被告の意思表示が擬制されるので、それ以上執行するということが観念できないからです。

 承継執行文や条件成就執行文については、以上とは別に検討する必要がありますが、ここでは割愛します。


4. 確定証明書の要否
 不服申し立ての可能性ある裁判にもとづいて登記申請を行う場合には、確定証明書を必ず付すべきです。本件審判について言えば、高等裁判所への即時抗告が可能である以上、審判書だけでは、登記官にはその内容が確定したものか否かを判断することが出来ませんから、登記申請に際して確定証明書を付す必要があります。

 仮に本件において、遺産分割調停が成立したとすれば、調停調書にもとづいて登記申請を行う場合には、確定していることが明らかなので、確定証明書(そんなものあるのでしょうか?)は不要です。

5. 審判書は正本を添付すべきか?
 審判書には、原本、正本及び謄本の別がありますが、不動産登記申請を行う場合に、いずれを添付すべきでしょうか?

 原本は裁判所に保管される代替性のない文書です。正本は、原本と同じ内容を持つものとして権限のある機関(本件の場合、裁判所書記官)によって、作成される謄本の一種です。謄本は、正本と同じ内容を持つものとして権限のある機関(本件の場合、裁判所書記官)によって作成される文書です。

 正本と謄本との違いは、奥書の証明に「これは正本である。」と書いてあるか、「これは謄本である。」と書いてあるかの違いしかなく、特に正本を用いることが法規上定められている場合を除いて、どちらも同じ証明書としての役割を果たします。

 正本を用いることが法規上要求されている代表的な場合は、強制執行(民事執行法第25条)する場合です。

 不動産登記申請に関連する規定では、不動産登記令第7条1項5号イ(1)が、「法第63条第1項に規定する確定判決による登記をするとき 執行力のある確定判決の判決書の正本(執行力のある確定判決と同一の効力を有するものの正本を含む。)」を要すると定めています。

 本件の場合は、上記1で見たように、法63条1項によって登記申請するわけではありません。本件において、相続による所有権移転登記申請に遺産分割審判書を付すのは、通常の登記原因証明情報の一部という意味ですから、特に正本に限る旨の規定がない以上、謄本で構わないという結論になります(登記研究527号)。
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 今回も長い文章を読んでくださって有難うございます。皆様の忌憚のないご意見をお寄せ下さい。
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posted by 司法書士 前田 at 18:02| Comment(0) | 登記業務

2014年11月17日

仮登記の利用について

 今回は、仮登記の仕組みとその利用上の問題点について解説します。というのも、仮登記を行う動機は、目の前にある何かしらの問題を解決するためであることが多いのですが、そもそも仮登記がその目的達成のための適切な手段といえるか否か、整理しておく必要があると考えるからです。
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1. 仮登記とは
(1) 仮登記の意味
 仮登記とは、本登記をするための条件が整わない状況で、とりあえず権利の順位を保全するために用いられる登記のことです。本登記と異なって、仮登記のままでは対抗力(利害関係をもった第三者に対して、自分の権利を主張することが出来る効力)はありません。しかし、後日仮登記を本登記にすることによって、仮登記を行った時点での順位で本登記の順位が確定する、というものです。

 例えば、AからBへ不動産が売却され、B名義の所有権移転の仮登記がなされたとします。ところが、Aは同じ不動産をCに対しても二重に譲渡して、C名義で所有権移転の本登記がなされてしまったとします。このような場合でも、Bの仮登記を本登記にすれば、BがCに優先します。

 このことを、仮登記の「順位保全効」といいます。この順位保全効について、仮登記を本登記に改めた場合には仮登記時点に遡って対抗力が生ずる、と解することも可能ですが、細かいことを言えば、対抗力が遡及するのではなく、順位が仮登記の時を基準として判断されると考えるべきでしょう。なぜなら、仮登記後かつ本登記前に上記Cによってなされた処分・利用も合法であって、Cが対象不動産を使用収益していたとしても、それが遡及的に不当利得になるわけではないからです。


(2) 仮登記の種類
 仮登記には、手続き上の要件が整わない場合に行うことのできる仮登記(不動産登記法第105条1号)のほか、登記の前提となる請求権を保全しようとする場合やその請求権が始期や停止条件にかかる場合に行うことのできる仮登記(同法同条2号)があります。前者を1号仮登記、後者を2号仮登記と呼ぶこともあります。

 1号仮登記を行う場合とは、登記申請に際して、登記識別情報又は第三者の許可・承諾書を提出することが出来ない場合です(不動産登記法第105条1号、不動産登記規則第178条)。第三者の承諾書の提出が出来ない場合とは、例えば、株式会社が重要財産である不動産を売却したが、未だ取締役会の承認を得られていない場合(会社法第362条4項1号)等のことです。

 2号仮登記を行う場合とは、売買予約契約(買主が予約完結権を行使したときに所有権が移転するという契約)を締結した場合や、農業委員会の許可を条件として農地の売買契約を結んだ場合等のことです。つまり、契約等を結んではいるが、対象不動産の所有権移転の効果自体はまだ発生していない場合です。


(3) 登記申請手続きについて
 仮登記も、登記権利者(買主等)と登記義務者(売主等)との共同申請によって行うのが原則です。但し例外的に、仮登記申請手続きには若干の簡略化が認められており、登記義務者の承諾書(又は仮登記を命ずる裁判所の決定書)を付して登記権利者から単独申請することも認められています(不動産登記法第107条1項)。

 これに対して、仮登記に基づいて本登記をする場合には、手続きの簡略化は一切認められません。すなわち、原則通り、登記権利者と登記義務者による共同申請を行うことになります。また、添付書類についても省略(不動産登記法第107条2項等)は認められず、さらに仮登記後に生じた登記記録上の利害関係人の承諾書等を提出する必要があります(不動産登記令別表69項)。要するに、仮登記を本登記に改める手続というのは、始めから本登記を行うのと同等かそれ以上の手続的負担のかかるものなのです。



2. 仮登記の利用方法検討
(1) 担保目的での所有権移転仮登記の利用
 かつて、債権担保の目的で、所有権移転仮登記を利用するという本来の目的とは外れた仮登記の利用方法が一般化していました。これは、「借金の返済が出来なくなった場合には、債務者所有不動産の所有権を債権者に移転する」旨の契約を結び、これに基づく2号仮登記を行うというものです。

 しかし、少額の債務のために価値の高い不動産が奪い取られてしまうというような暴利行為を許してしまう仕組みであったために、このような担保目的での所有権移転仮登記の利用は仮登記担保法で規制されることとなり、現在ではほとんど見られなくなりました。

 仮登記担保法の規制下の現在でも、所有権移転仮登記を債権担保目的で利用することは、もちろん理論上は可能ですが、抵当権設定登記という手段があるのに敢えて所有権移転仮登記を行うことには全く合理性がないばかりか、債権担保としての意味すら疑わしいと考えます。

 仮登記した所有権を本登記に改める必要が生じる場合とは、債務に絡む紛争が顕在化した時でもあります。そんな時に、本登記手続きに対する、登記義務者や利害関係人の協力が容易に得られるとは考えられません。そのような手続的な不安定要素をもった仮登記を、担保目的で使うことはお勧めできません。


(2) つなぎ融資の際に抵当権設定仮登記を利用する方法
 これは、現在最も多く行われている仮登記の利用形態です。

 例えば、DがE銀行から住宅ローン融資を受けて、土地を購入し、その後に建物を建築するといった状況を考えてみましょう。ところが、E銀行住宅ローンの融資条件の一つとして、完成建物が存在していることが規定されていたとします。

 この場合、E銀行の融資は、建物が完成してから実行されることになりますが、それでは、土地を購入する時点で、Dが融資をあてにすることは出来ないという結論になってしまいます。

 このような不便を回避するために利用されるのが「つなぎ融資」と呼ばれる融資形態です。土地購入資金や建物建築費用を賄うために、建物完成までの間、つなぎ融資専門の金融機関Fが融資を行うのです。この時、F金融機関は、つなぎ融資債権を担保するために、Dが購入した土地に対して抵当権設定仮登記をつけます。

 E銀行の本融資が実行された時には、F金融機関の抵当権設定仮登記が抹消され、代わりに、土地と完成した建物に対してE銀行の抵当権設定登記(本登記)が行われます。つまり、F金融機関の抵当権設定仮登記は、始めから短期間で抹消されることを想定して、行われるのです。

 何故つなぎ融資債権を担保するために仮登記が用いられるのでしょうか?それは、抵当権設定のための本登記手続きと仮登記手続きにかかるそれぞれの登録免許税(登記申請のための国税)に違いがあるからです。抵当権設定の本登記のためには、債権額の1000分の4の登録免許税が必要になります。例えば、2000万円の融資についての抵当権設定のためには、8万円の登録免許税が必要になります。これに対し、同じ条件で仮登記をするのであれば、登録免許税は、物件数×1000円に過ぎません。土地1筆に対して、2000万円の債権の抵当権設定仮登記をつける場合なら、登録免許税はたったの1000円です。

 どうせ近い将来に抹消されることが予定されているのであるから、高額の登録免許税を払って本登記で抵当権を設定するよりは、仮登記で十分に債権担保という目的を達成できるのです。E銀行の住宅ローン本融資が実行されれば、F金融機関はつなぎ融資分の弁済を確実に受けることが出来るのですから。

 本来の仮登記の利用目的からは外れた活用方法ですが、つなぎ融資を担保するための仮登記は、弊害も少なく、広く利用されています。


(3) 所有権移転の順位確保のための所有権移転仮登記
 所有権移転の本登記をするための条件が整っていながら、何らかの理由で、敢えて所有権移転仮登記を利用することについて、その弊害を検討してみましょう。ここで、私が利点の方を検討しない理由は、このような仮登記の利用方法には百害はあっても一つの利益もないと考えるからです。

 所有権移転登記のための条件が整っていながら、敢えて所有権移転仮登記を利用する場合とは、以下のような事例です。
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(事例)
 5年前、Gは、H銀行の住宅ローン3000万円の融資を受けて、JR六甲道駅から徒歩5分のマンションを購入しました。しかし、マンション購入から程なくして、突如としてGの東京転勤が決まり、Gは、妻Iと子供達を残して、単身で東京に引っ越すことになりました。
 離れて暮らしていた5年の間に、GとIとの互いに対する愛情は冷めていきました。ついに、GとIとは、離婚することを前提に協議を始めました。しかし、そこで障害となったのが、マンションをどうするかという問題でした。
 所有者であるGとしては、もはや住むことのなくなったマンションにはなんの未練もありません。そればかりか、住宅ローンを払い続けるのも馬鹿らしいので、高値で売却処分できるうちに処分して、その処分代金で住宅ローン債務を一括返済したいと考えました。
 しかし、マンションに居住しているIにとっては、子供達の学校のこと、住居地を中心として作り上げてきた交友関係のこと、新たに賃貸住宅を借りて住み替える費用のこと、等を考えると、住み慣れたマンションから出て行きたくはありません。マンションを処分し出ていかなければならなくなるくらいなら、むしろ残りのローンを自分が肩代わりしてでも、住み続けたいと思いました。
 いろいろ話し合った結果、マンションについては処分せずに、GからIに対して財産分与し、その代わり、離婚成立以降は、IがGに代わって住宅ローンを支払うことにしようということになりました。
 しかし、財産分与によるGからIに対するマンションの所有権移転の登記をするということになると、Gには一つ引っかかることがありました。それは、H銀行で抵当権設定契約を結んだ時に、銀行の担当者から、「担保不動産の所有名義を勝手に変えてはいけません。勝手に変えた場合には、ローンの残高を一括で支払ってもらうこともありえます。そのことは、契約書の第○○条にもちゃんと記載されています。」と釘を刺されていたことでした。Gは、離婚に伴う財産分与のことをH銀行に知られたくはありません。


 上記のような事例で、H銀行との契約条項を潜脱する手段として、所有権移転仮登記を利用すれば良いという考え方があります。しかし、このような場合に仮登記を利用すべきではありません。私がそのように考える理由は、以下のとおりです。

 @. 本登記であれ、仮登記であれ、銀行との契約違反であることには変わりはない。
 A. 遠い将来、仮登記を本登記に改める際、Gの協力が得られるか予測できない。
 B. 登記記録上利害関係を有する第三者が生じた場合、本登記手続きへの支障となる。

 上記の事例において、登記手続きに関する弊害だけでもこのとおりです。その他の弊害も多数ありますが、ここでは省略します。逆に、メリットは何もありません。


3. 結びにかえて
 現在では、仮登記の活用方法として有用と考えられるのは、つなぎ融資の債権を保全するという利用法(上記2-(2))くらいのものです。それ以外の目的で付けられた仮登記というのは、当該不動産に何らかの事故があることを推測させます。

 最近、様々な問題(特に離婚に伴う財産分与や税金の問題)に対して、あたかも仮登記によって解決を図ることが出来るかのごとく喧伝する不徳な者がいるようなので、注意を喚起するために今回のテーマを取り上げた次第です。


 今回も長い文章を読んでいただき、ありがとうございます。皆様の忌憚のないご感想をお寄せください。

(補稿)
建物譲渡特約付き借地権(借地借家法第24条1項)と仮登記について
1. 建物譲渡特約付き借地権とは
 これは、借地権設定から30年以上経過した時点で、借地権設定者(=地主)が借地権者から建物を買い取ることを定めた借地権のことを言います。建物譲渡特約付き借地権の利用としては、例えば、マンション等建物のディベロッパーが、建物の建設・運営という投資を回収するために必要な一定期間だけ土地を借り上げて、その後は借地権設定者が建物の運営を引き継ぐという事業の形態を想定したものです。

2. 仮登記による譲渡特約履行の確保
 建物譲渡特約付き借地権は、@一定期間経過後に売買という法律効果が発生する(期限付き売買)又はA一定期間経過後に借地権設定者が売買予約権を行使することができる(売買予約)特約を定めるものです。借地権設定者は、この特約の権利を確保する目的で、所有権移転仮登記(2号)を利用することができます。

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posted by 司法書士 前田 at 23:00| Comment(0) | 登記業務